第三章:

第17話:竜と暮らせば①

 琥珀色の木材に跳ね返った陽光が、天井に繊細な模様を織りなしている。

 オークを使った執務机は、先日職を辞した古株の大臣が、是非にといってレナードに贈っていったものだ。老兵は去り行くのみだが、こいつはまだまだ現役を張れるから使ってやってくれ、との伝言を残して。

 年若い後任に何かと世話を焼いていた、彼なりの餞別せんべつだったのだろう。アンティーク調のどっしりした佇まいは、在りし日の持ち主を思い起こさせた。

 そんな品を前にして座った宰相は、物憂げに嘆息していた。穏やかな昼下がりに相応しくない雰囲気の原因は、手にした書類に綴られた報告だ。

 「……やはり起こりましたか。そう都合よく収まってはくれませんね」

 「気に病むな。責任は実働部隊にある」

 自嘲を含んだ言葉に、同じような口調で返したのは、先ほど報告書を持ってきたベルンハルトだ。執政府への出入りとあって、黒を基調ベースにした騎士の正装をまとっている。いかにも軍人らしい硬いデザインがよく似合っているのだが、眉間の皺や険しい目つきとあいまって近寄り難さまで倍増させていた。身内ですら尻尾を巻いて逃げ出しそうな不機嫌さの原因は、無論のこと持参の報告書にある。

 「人に変じた竜族への襲撃事件か……去年の暮れから断続的に起こっていたが、ここに来て本格化した感がある」

 あまり大きな声では言えないが、ドラゴンが狙われるのはめずらしいことではない。長い寿命に莫大な魔力を併せ持つ彼らは、かつて狩人ハンターたちの絶好の得物だったし、同盟国以外の未開の地――辺境の小国に行けば行くほど、そうした風潮は未だに根強い。

 ロルベーアで禁止されているのはいうまでもないが、何せ狩人たちの活動に国境は関係ない。ここなら絶対に安全、とは言い切れないのである。より多くの人間が集まる首都ともなれば、トラブルの発生率は当然高くなる。

 しかし、今回の案件は明らかに事情が異なっていた。

 「身柄を拘束しようとした形跡はない、性別や見た目の年齢にも共通点が見られない。いずれも問答無用で召喚獣――主に氷鴉クレバインだが――を使って襲い、その上で急所を一撃している」

 加えて厄介なことに、いずれも出会いがしらの犯行。被害者たちは相手の姿を見ることなく怪我を負っているのだ。五感に優れた竜族に対して完全に裏をかくなど、生半可な腕で出来る芸当ではない。

 そんなこんなで捜査は難航し、あまり色よいとはいえない経過報告となってしまった。その間にも数回、同様の手口で襲われて重傷を負うものが出ている。首都の治安維持を主な任務にしている騎士団、特にドラゴンたちにとっては大変な屈辱だ。面子の問題以前に、仲間の無念を晴らしてやれずにいるのだから。

 隊舎の空気が日ごとに張り詰めていくのを肌で感じているベルンハルトは、再び嘆息しそうになるのを無理矢理飲み込んで口を開いた。

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