第18話:竜と暮らせば②

 「早期解決に全力を注ぐ。今言えるのはそれだけだ。……面目ない」

 「隊長殿が謝ることじゃありません。事態を甘く見ていたのはこちらも」

 「そうじゃない。――平気なのか」

 レナードの過去を考えれば、進んで関わらせたい案件ではない。そう言外に告げてきた隊長にはいつしか、苛立ちの代わりに深い気遣いが滲んでいた。すぐにそれを見て取った青年のおもてに、柔らかい微苦笑が浮かぶ。

 見てくれや物言いで誤解されがちだが、この人の心根はとても温かい。ただ、少し不器用なだけだ。思い入れが深い相手に対しては、特にはっきりと表れる。

 「もう、随分経ちましたから。それに職を離れた後まで、元上司にご心配をおかけするわけには行きませんよ」

 「……そうか」

 穏やかに、きっぱりと言い切る声には、偽りは読み取れなかった。真実かどうかはともかく、信じてやるより他ない。

 相手が瞑目して小さく頷いたのを潮に、レナードは椅子から立ち上がった。すでに垣間見えていたかげりが消え去り、優秀な宰相の顔になっている。

 「こちらでも策を講じます。一刻も早く何とかしなくては、せっかく集まってくださったお客竜方に申し訳ありません。議会を招集して、臨時の政令を二、三出すよう働きかけましょう。――問題がこのままでは、居候くんも出歩けませんからね」


 ぴく。


 さり気なく付け加えた一言に、黒尽くめの肩が跳ねた。それを目の端でとらえつつ、極力なんでもない風を装って続ける。

 「うちの部署でもウワサで持ちきりですよ。とうとう隊長殿のご息女にパートナー候補が出来たらしい、しかも馴れ初めは聖女様と全く同じ、一つ屋根の下で生活するほど仲が良くて、契約まで秒読み段階だ、とかなんとか」

 「順序が逆だ。たまたま保護した相手を、致し方なく家に住まわせて、運よく馬が合ったしひとりで放っておくわけにも行かんから、ケガの快気祝いもかねて二人で出歩いているだけのことだろうが」

 「おや、では仲睦まじいのは本当なんですね? それは良かった」

 「……あのな」

 今一番触れてほしくない話題に、うっかりむきになって口数が増えてしまった。それを引っ掛けた本人が気づかないわけもなく、してやったりと言わんばかりの笑顔が返ってくる。

 まあ、こうして他人を竜がらみでいじれるようになったのだから、多少なりと立ち直っているということだろう。その対象が自分だというのは素直に喜べないが。

 「それで、きょうお二人は? さっきの口ぶりだと外出したようですが」

 「ああ、殿下が呼ばれていてな。自分も竜殿の様子が知りたいから、そろそろ顔を見せるようにと――」


 ごおっ!


 言ったとたん、豪快な風鳴りが響き渡った。窓の外が一瞬かげり、またすぐに光が戻ってくる。ついで、すぐ近くからわあっと大歓声。

 レナードが窓からのぞくと、すぐ眼下で空を見上げて手を振る、幾人かの若い騎士たちがいた。同じ方向に視線を向ければ、よく晴れた空を翔ける白銀の物体が。ついでに、

 「……おや、もう背中に乗れるようになったんですか。大進歩ですね、リーゼロッテ」

 「あいつはまた要らんことを……!」

 これでまたウワサに拍車がかかること請け合いだ。こみ上げる頭痛に額を押さえたベルンハルトの耳に、軽やかな笑い声が滑り込んできた。

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