第25話:竜滅の刃②

 ……あれ、おかしいな。時間がないし何より私が恥ずかしいから、早く記憶取り戻してもらって別れたいんじゃなかったっけ? これじゃまるで、

 (ライトに儀式に出てほしくないみたいじゃない!)

 ていうか、うっかり漏らしたつぶやきに気づいてもらえなくてつまらないって。ここ何日か小っ恥ずかしい言動にさらされすぎて、ちょっと――いや、けっこう毒されたか? それともまさか、本当にお別れが寂しいのか、もしかして!?

 影響されすぎだろういくら何でも! と頭を抱えていたら、急にぽん、肩をたたかれた。

 「リーゼ、ちょっといいか」

 「うわあ!」

 思わず飛び上がって振り返る。一方の声をかけてきた側――ライトはといえば、いつも通りのほほんとした様子で片手を差し出した。

 「はい、これ」

 「え、……お花?」

 そう。彼の手の中でたおやかに揺れているのは、薄紫色の花穂も愛らしいラベンダーだ。甘やかな香りが鼻をくすぐり、ほっと息をついたリーゼにライトが再び口を開く。

 「さっきそこのおばさんにもらったんだ、リーゼはこれが好きだからって」

 「えっ!?」

 とっさに背後をのぞき込んだら、近場の露天でお客と話していた顔見知りのおばちゃん……いや、ご婦人が手を振ってくる。口の形だけで『がんばって!』と伝えられ、開いた口がふさがらなくなった。一体何の話ですか!

 そういえばここ数日、買い物に来るとやけに熱心に話しかけてきてたっけなぁ……一体どこをどういう風に誤解されているのか、知りたいような知りたくないような。あるいはとっくにネタが割れているような。

 何にしても確かなのは、そんな周囲の間違った優しさが悶絶するほど恥ずかしいということだ。

 言葉にならない心の叫びを持て余して身悶える。ライトは苦笑しながらそんな様子を見ていたが、ややあってふとつぶやいた。

 「――泣いてたんだ、女のひとが」

 ぽつんと落ちた一言に顔を上げる。見上げた相手はいつのまにか、足下に視線を落として真剣な表情をしていた。まるで自分の内面を覗き込もうとするみたいに。

 「ずーっと考えてたら、少しずつ思い出してきた。王城で放電したとき、ちらっと見えたんだ。ベッドに横になって、泣いてるひと」

 浮かんだのは、どこかの寝室。怪我なのか病気なのか、力ない様子で寝床に横たわる若い女性。閉じた目じりから涙の粒が転がり落ちる……

 「それ、誰だかわかる!?」

 「……頑張ったけど、竜か人かも見分けられないくらい一瞬だったし。それに結局、何に対して腹が立ったのかも……」

 「そっかぁ……」

 思わず詰め寄ったのだが、意に反して力ない答えが来て肩を落とす。やっと掴んだと思った手がかりがあっさりすり抜けていったわけで、落胆もひとしおだ。

 当の本人よりよほどへこんでいるリーゼに、ライトは一つ瞬きをしてひょいと腕を伸ばし、よしよしと頭をなでてやった。さっきよりも幾分優しい手つきで。

 「……あのー、ライト?」

 「ん? あぁごめん、いつものクセで。――もしまた何か思い出したら、ちゃんと言うからさ。そのときに協力してもらっていいか? とりあえず、記憶が戻る兆しはあったってことで」

 「う、うん……ほ、ほんとにちゃんと言ってよ?」

 「もちろん。頼りにしてるよ」

 めいっぱいしかめつらしく念押ししてみれば、すっかりいつも通りの笑みが返って来てさらに頭をかいぐり回される。元気良くわしわしやっているわりに全く痛くないが、問題は露天商を含む周囲の皆さんが、やたら温かい眼差しをこちらに向けているということで。正直いうと痛みの有無よりそっちが気になるし、そもそも……

 (気を遣ったつもりが逆に励まされてるじゃないの、私! もうちょっと頑張って気を回してあげなきゃ……!)

 自分の不甲斐なさに落胆しつつ、頼りにしてるよと言われたのは素直に嬉しい。より多く心を占めているのはどっちだろう、と不毛な分析をしつつ、複雑な心境を持て余すリーゼロッテだった。


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