第12話:竜の名は③

 「……よかった、うなされたりしてなくて」

 ほっと息をついて、ベッド脇の椅子に腰を下ろす。何となく立ち去りがたくてもたもたしていると、上掛けから出た左手に目がとまった。きちんと手当てを施され、指先を残して包帯で巻かれている。

 少し迷ったがたぶん大丈夫、と自分に言い聞かせて、そーっと握ってみる。長い指は少し冷えているみたいだ。傷に障らないよう、自分の手で包んで温めるようにした。

 (こんなふうにじっとしててくれたら、まだ大丈夫なんだけどなぁ)

 肖像画だとか、遠くから眺めるだとかなら平気。でも前触れなく至近距離で接したり、急に触れられたりするともうダメだ。それでは騎士は務まらないし、それでなくても人口とほぼ同じ数の竜族が暮らすこの国で生活するのは難しい。

 考えつく限りの努力はしている。ドラゴンだって、苦手ではあるが嫌いなわけじゃない。……ならいったい、何が足りないんだろうか。

 手を取ったまま考え込んでいると、外が急に明るくなった。客間のカーテンの隙間から、今まさに昇ってきた太陽が見える。

 結局徹夜しちゃったんだなぁ、と苦笑したとき、小さく呻く声がした。はっとして視線を転じれば、細い光を受けて身じろぎする青年の姿がある。枕元まで差し込む朝日に眉根を寄せて、うっすらとまぶたが開かれた。

 (わあー……)

 思わず、心の中で感嘆した。

 ドラゴンは人の姿を取るとき、基本的に自分の好きな容姿に変化できる。数百の歳月を経たものでも、若い姿になることが可能なのだ。ただし、瞳の色だけは本性のときのまま変わらない。

 今現れた相手の瞳は、昨日本性の時に見たままの透きとおった黄金きん色。降り注ぐ陽光が映りこんで、えもいわれぬ複雑な色合いを生んでいる。幾重にもカットして、光の反射を演出した黄玉トパーズのようだ。いや、もういっそ太陽そのものみたいな。

 青年は何度かまばたきを繰り返していたが、やがてふっと自分の身体に目を落とした。包帯だらけの胸元から腹部、そして上掛けから出た左腕へと視線が移動し、流れで片手をとらえているリーゼと目が合う。

 「あ」

 「っ!」

 呆けたような第一声に、リーゼの肩が大きく跳ねた。何せ当分起きないだろうと踏んでいたから、目の色に見とれていたのもあってとっさに言葉が出てこない。こういうときはなんて声をかけたらいいんだっけ。

 困った顔で何度も口を開閉させるようすを、相手はしばしきょとんとして眺めていたが。やがてふっと表情を和ませると、自分のほうから口を開いた。

 「……えーっと。おはよう?」

 穏やかにほどけたまなざしが、日だまりみたいに温かい。初めて聞く、少し低めの優しい声が耳に触れて、握ったままだった両手と顔が燃えるように熱くなった。鼓動が全力疾走し始めるのとほぼ同時、覚えのある感覚が背筋を駆け抜ける。

 「……きっ」

 「き?」

 「きゃああああああ――――っ!」

 やっぱり抑えきれなかったアレルギーに加えて、正体不明の照れに襲われた騎士見習いの悲鳴が、朝っぱらから邸内に響き渡った。

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