第20話:竜と暮らせば④
「そっか、ケガはもう大体いいんだ」
「はい、おかげさまで。ご心配をおかけしました」
昼下がりの日差しが降り注ぐバルコニーで、改めて自己紹介を終えたのち、話題はドラゴンの体調に移っていた。礼儀正しく受け答えるライトに、手ずから紅茶を淹れてやったロゼッタがパタパタ軽く手を振って笑う。
「そんな畏まらなくっていいよ。今は三人しかいないんだからさ」
「……そうですか?」
あっさりタメ口を許可する第一王位継承者に、当の青年が『どうしよう』という視線を送ってくる。ようやく落ち着いてきたリーゼは、こちらも淹れてもらったばかりの茶を持ち上げつつうなずいてやった。律儀なひとである。
「言うとおりにしてあげて良いよ。ていうか、そうしないと怒るから、その子」
「え、そうなんで……じゃない、そうなのか?」
「うん♪ 同い年くらいの子に敬語使われるとなーんか調子狂うんだよね」
どちらかといえばあきれ気味のアドバイスだったにも関わらず、姫君はいたってご機嫌で肯定していたりする。可愛らしく小首など傾げながら、
「それにしてもさ、ホントに進歩したよね。ちょっと前まで近づいただけでアレルギーが出てたのに、背中に乗ってもお姫様抱っこされても平気だったし」
「……あんまり平気じゃなかったけど。まあ、少しは耐性付いたかな」
努めてなんでもないような顔を心がけたのだが、やっぱり照れくさくて視線が泳いだ。紅茶を含んでごまかそうと努力する。
実際、ライトと暮らすようになって変わったことが幾つかあった。たとえば、
「家の中にいると、廊下でたまたま行きあったりするでしょ? そういうときってぜんぜん意識してないから、手とか足とか出るだろうなと思ってたんだけど」
案の定、最初は悲鳴を上げて平手を繰り出し、もろに食らった相手がもんどり打って吹っ飛ぶ、なんて光景が繰り広げられていたのだ。それがいかにして
「ライトがね、すごくがんばってくれて」
ことあるごとにぶっ飛ばされつつ、同居人は決して怒ったり距離をとったりはしなかった。ふつうならとっとと音を上げているであろう扱いに文句一つ言わず、家のことを手伝う傍ら、リーゼが少しでもドラゴンに慣れるように気を配ってくれたのである。自分だってケガをしている上に、記憶喪失という深刻な状況において、だ。
そんな出来たひと、もといドラゴンは今、心から感謝の視線を向けるリーゼにいたって気楽な調子で言う。
「いや、何回か吹っ飛んでたら法則が分かってきたからさ。後はそれに合わせてただけだよ」
「だって、下手したらケガが悪化してたかもしれないのに」
「言ったろ、結構丈夫って。それに俺は顔合わす機会を増やしただけで、実際に逃げないでがんばったのはリーゼだし」
「……そ、そうかなぁ」
こんなあふれる気遣いに触れて、何とも思わない人などいはしない。このままではライトに申し訳ないし、治るケガだって治らない! と一念発起したリーゼが荒行に挑む修験僧並みの根性を発揮した結果、今ではライト限定ではあるものの、一瞬固まるのを過ぎれば全く問題なく会話が出来るまでになった。半径三十歩以内にうんぬん、などと言っていたのが嘘のようだ。
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