第6話:竜、北の空より来たる⑥

 ロゼッタの言うご先祖とは、ロルベーア建国当時にいたという古の姫君だ。かつて敵対していた竜と絆を結び、この地に平和をもたらしたという『聖女』エレオノーラの伝説は、国内はもちろん近隣諸国――彼女が結びつけ、竜と共に歩むことを約束した国々で、知らないものはいない。

 ちなみに言い伝えでは、エレオノーラがその半身たるドラゴンと出逢ったのは十六の春。今は王城の建っているまさにこの丘で、黄昏にリュートを奏でているときの事だったらしい。竜騎士が扱う楽器は何でもいいのだが、伝説に憧れて同じ楽器を選ぶ若者は多い。

 「リーゼだって、今年どうしても受かりたいのはエレオノーラ様にあやかりたいからなんだもんね~。乙女だなぁ、このこのっ」

 「ベタベタな理由だけどね。でも、前からずっと憧れだったから」

 友人にひじでつっつかれて、照れくさそうに頬を染めながらも、リーゼの声はしっかりと意志を持ったものだった。

 小さいときから幾度も耳にしてきた、竜と乙女が起こした奇跡の物語。それはどれほど時間がたっても色あせることなく、胸の奥で輝き続けている。

 彼女たちみたいに、後世まで語り継がれる大きな業績はなくていい。ただひとりのパートナーと共に、大好きな家族と友人の住むこの国を守っていけるならば、こんなに素敵なことはないと思うのだ。

 「……そ、それにね? 騎士団はやっぱり若いうちに入っといたほうがいいと思うんだ、うん。ほら、対外訓練とかいろいろ体力のいる仕事も多いし、慣れとかないと」

 「うんうん」

 言った後から妙に気恥ずかしくなってしまい、急いで付け加える。気心知れた相手でも、夢について真面目に語るのはやっぱり照れくさいのだ。ロゼッタはそんなようすを楽しそうに眺めてあいづちを打っていたが、不意にぽんと両手を打ち合わせた。

 「そうだ! パートナーで思い出したんだけどね」

 「うん、なあに?」

 「ドラゴンのことは保留するとして、人間のパートナーに関してはどうなの?」


 がっしゃん。


 手元が狂ってフォークを取り落してしまった。反動で刺さっていたプチフールがカップに飛び込んだが、当のリーゼはそれどころじゃない。

 「な、なななな何よそれ!?」

 「何って。ふつーに恋バナ?」

 「そういうことじゃなくてっ」

 声を荒げるリーゼの顔色は、さっき失敗がばれたときに勝るとも劣らない紅さだ。相変わらずこのテの話題に耐性がない友人に、ロゼッタがにこっと……いや、にんまりと笑って言葉を続ける。

 「だって気になるんだもーん。リーゼったらせっかく美人さんなのに、そっち方面に見向きもしないんだから。もったいないよ~」

 「いいのっ! まずは目標達成が先決だから! 第一、私美人じゃないし!」

 「そんなことないってば、現に騎士団の人たちがすっごいそわそわしてるんだよ? 隊長さんとこの可愛いお嬢さんが入るかもって」

 「単なるこわいもの見たさでしょ! ロゼッタこそどうなのよっ」

 言下に否定してとりあえずテーブルを片付ける。……よかった、思ったより散ってない。白いクロスに紅茶のシミは目立つからほっとした。

 「うん、いるよ~」


 どさーっ!


 これまた砂糖入れをひっくり返し、テーブル上に白い山が出来た。が、さっきにも増して威力絶大な爆弾を放られたリーゼは手元の事態なんて気付いていない。ちょっと待て、先週会ったときは何も言ってなかったぞ!

 「うそ! いっ、いつ!?」

 「んー、つい最近。うちの図書室で会ったの」

 「ど、どんな人!?」

 「えっとねー」

 自分には関係ないと思いつつも、やっぱり知人の事情は気になるのだ。かぶりつきで質問すれば、当の友人はうれしそうににこにこして口を開き――

 その刹那、頭上を巨大な影が覆った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る