第28話:竜滅の刃⑤
分け入った路地は予想以上に狭かった。さっきの
既に日も落ちかけた黄昏時、漂う闇がいよいよ濃くなってくる。道というよりは家と家の間の隙間、といった感じのここは、一日を通してほとんど陽光が入らないのだろう。湿度の高い空気がねっとり絡みついてくるのを振り切って、奥の角を小走りに曲がると、
「いた!」
さらに奥へと延びる裏路地の、民家の壁に寄りかかるようにして倒れた二つの人影があった。氷獄鬼の冷気に当てられたらしく、双方とも身体の半ば以上が分厚い氷に閉じこめられている。辛うじて氷結を免れた半分も無事とは言えず、無数の切り傷で痛々しい有様だった。
「しっかりして、今何とかしますね!」
「……すみません……おれより、こっちのひとを」
倒れ伏した人影に駆け寄って声をかけると、リーゼとほぼ同年代に見える騎士姿の青年は、弱々しい声を振り絞って訴えてきた。体勢から見て、下敷きになっているもう一人をかばったようだ。第一声で他者を気にかける律儀さに誰かが重なって、思わず笑みをこぼしながら請け合う。
「大丈夫です。二人いっぺんにやっちゃいますから」
背中に固定していた弦楽器を構え、深呼吸して気を落ち着ける。もう一度、大きく息を吸って口を開いた。
「『この地に吹けよ 癒しの春風
花は微笑み 生命を繋ぐ』――」
詩にふさわしい穏やかな旋律と歌声が流れゆく。どこからともなく綿毛のような光が舞い始め、倒れた二人にゆっくりと降り注いだ。
ふわふわした光が触れるごとに傷が消え、巌のようだった氷が瞬く間に溶けて小さくなっていく。
竜騎士の用いる『
最重要要項たる相性でつまづいたこともあって、他の素養をより伸ばそうと努力を重ねてきたのだが、こうして実際に役立つと感慨もひとしおだ。
(がんばっててよかった……! 母様、ありがとう!)
歌の師である母親にこっそり感謝を捧げるうち、光の綿毛に覆われた二人はすっかり回復していた。最後の氷がすぅっと溶け消えると、上に倒れていた方がゆっくり、確かめるように身を起こす。信じられないという面もちで両手を開いたり閉じたりしていたが、はっと顔を上げると居住まいを正して一礼した。濃い色合いの髪がさっと揺れる。
「あ、ありがとうございました! 何てお礼を言ったらいいか」
「ううん、間に合ってよかったです。そっちのひとももう平気?」
「……ええ、なんとか」
壁に手を付いて起き上がりつつあったもうひとりが、少しかすれた声で返した。薄闇の中に浮かび上がる白っぽい髪の間から、ピンと尖った耳が覗いている。彼もライトと同じく、人に変じたドラゴンらしい。
一瞬アレルギーを思ってひやりとしたが、ぐっと手を握りこんでやり過ごした。ここ数日の訓練がちゃんと生きているのだと思うとうれしい。
「本当にありがとうございます。プロテアは
「はは、さすがにやばかったですねぇ。式に出る前にシモンがフリーに戻るところでした」
「あ、やっぱり竜騎士とパートナー候補なんだ。それで立志式に出るためにマルモアへ?」
「はい。といっても、つい数週間前にコンビを組んだばかりなんですが」
落ちていた
樹竜とはその名の通り、半身が植物と一体化しているドラゴンで、冷害にはことのほか弱い一族だ。凍りついたままでいたら、下手をすると命に関わっていたかもしれない。間に合って良かった、本当に。
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