第13話:竜の名は④

 しばしの後。

 「……すまんな、起き抜けだったというのに」

 「ああ、いえ、そんな。俺も言葉を間違えたみたいですし」

 苦渋に満ちた表情で頭を下げる家主に、ドラゴンはいたって気楽に手を振って答えた。その左頬に、くっきりとした見事な手形。犯人は言うまでもない。

 一方のリーゼはといえば、父親のとなりで所在なく俯いていたりした。合わせる顔がない、とはこのことだ。せっかく一大決心でお見舞いに行ったというのに。

 「……ごめんなさい、ほんとに」

 到底顔向けなど出来ないが、これだけはきちんと言わねば。決死の思いで視線を合わせて謝ると、青年は再び苦笑しながら手を振った。さっきはもんどり打って吹っ飛んでいたが、思いのほか元気そうで少しだけほっとする。

 「いや、ホントに気にしてませんよ。そもそも昨日はあなたのおかげで命拾いしたんですし」

 「でも、そんな大怪我してるのに」

 「大丈夫ですって。大げさな巻き方になってるだけで、見た目ほど痛くはないんです、コレ」

 ね、と穏やかに言い切られてしまうと、それ以上謝罪を続けるわけにも行かない。……怪我人に気を遣わせるってどんだけだ、私。

 地の底まで沈む勢いでへこんでいると、同伴者がため息混じりに言葉を発した。どうやら見かねたらしい。

 「リーゼロッテ、彼に朝食と薬を持ってきてあげなさい。出来るだけ消化に良いものを頼む」

 「……はい」

 正直謝り足りない気がするが、言われたとおりにした方がいいだろう。こういうときは本人より、周りの人の方が的確な判断をするものだ。

 落ち込んだまま頷き、素直に席を立つ。うつむき加減で退室していった娘の気配が遠ざかるのを待って、家主が再び言葉を発する。

 「――重ね重ね申し訳ない。見ての通りの半人前だ、無礼は重々承知だが、未熟ゆえということで不問にして頂きたい」

 「いえ、無礼だなんてとんでもない」

 身内の前では見せない保護者の顔で、当事者に代わって謝罪を重ねるベルンハルトを青年が遮った。思いのほかはっきりした口調にふと顔を上げれば、真剣な面持ちでこちらを見据える相手の様子が目に入る。

 「目が覚めたとき、娘さんがそばについてくださってて、驚いたけど安心もしました。それは本心です。……それに、俺を引っぱたいたのは彼女の意志じゃないんでしょう」

 「なぜそう思う」

 「触るのが嫌なら、最初から手を握ったりはしません。根本的に好きになれない相手なら、顔を見に来ようとも思えないですし。たぶん、条件反射みたいなもんなのかな、と」

 当てずっぽうですけど、と謙遜して頭をかく様子を見やって、感心した風情でひとつうなずいた。一目でそこまで見抜くとは、大した観察力だ。

 「さすがは雷竜の血筋だな。千里眼の異名は伊達ではないらしい」

 昨日の一件について、城内の者への聞き込みは終えている。部下の中にも、氷鴉を雷で払ったところを目撃したものがいた。恐るべき眼力で運命さだめをも見通すと謳われる一族だ、この程度は能力を発揮したうちにも入らないのだろう。実力はあるもののいまひとつ注意力にかける一部の部下に是非とも見習ってほしい。

 などと思いつつ口にした言葉だったのだが、相手の反応は予想外のものだった。

 「あー……いや、そうなんでしょうか」

 やけに微妙な返事だ。先ほどに比べてずいぶんと歯切れの悪い物言いに内心首を傾げたベルンハルトだが、取り敢えず質問を再会する。なにせ、彼のことについて何もわかっていないのである。

 「さて、けがに障りがなければいくつか質問させてもらえるか? 名前や在所のことがわからないと、ご家族に連絡も出来ないからな」

 「……そう、なりますよね、やっぱり」

まいったなぁ、と床に視線を落とす青年には、今度こそはっきりと困惑が浮かんでいた。明らかに訳ありなようすに、いろいろ聞き出すつもりだった方も眉根を寄せる。この反応からすると……

 「……まさかと思うが、出奔でもしてきたのか? それか他の事情でも」

 「あーいや、そういうわけじゃないんです! ……た、たぶん」

 「多分、というと?」

 次第に怪しくなりつつある雲行きに、うっかり尋問口調になったのはもはや職業病だ。それにびびったわけでもなかろうが、さっきとは打って変わってうろたえていた相手は、意を決したように真っ直ぐ向き直った。真摯な、それでいてどこか不安げなまなざしがこちらを射抜く。

 「信じてもらえないかもしれないんですが――」

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