延長戦 兄(二)

― 王国歴1041年-1051年


― サンレオナール王都




 その後、学年も科も違うマキシムとは学院内で会うことはあまりなかった。しかし、当時は食堂で一人のことも多かった僕である。マキシムは僕を見かけたら必ず声を掛けてくれて、一緒に昼食をとることが良くあった。


 僕が学院裏の秘密基地への行き帰りに彼とばったり、ということも多かった。校舎の裏などで女の子と逢引きをしているのである。


 そんなマキシムだが、どちらかと言うと同性の友人の方を大事にしているようだった。昼休みや放課後に僕と約束をしている時は決してたがえることはなかった。




 僕はマキシムより一年先に卒業し、魔術師として王宮に勤め出した。彼と顔を合せることはなくなったが時々文のやりとりだけは続けていた。


 春のある暖かい日、僕は初めて彼を屋敷に招き、庭で一緒に球を蹴って遊んでいた。


 喉が渇いたという彼は一人東屋に休憩をしに行って、戻ってきた時にはボタンが取れかけていたというシャツを脱いでいた。


「さっきレモネード持ってきてた侍女可愛かったなぁ」


「可愛い侍女???」


「ボタン付け直してくれって俺がシャツを脱いだら、恥ずかしがってこう目を伏せてさぁ……」


 どの侍女か全く見当がつかず、混乱した。


 だいたい僕が東屋にレモネードを持ってくるように頼んだ侍女は五十代で孫も居る。我が家で一番若い侍女は二十代前半だが、もうすぐ臨月を迎える。次に若いのはモードだが、彼女も三十は出ているはずだ。執事の孫で厨房の下女は下の妹マルゲリットより年下で初等科もまだ出ていない。


 マキシムの守備範囲は非常に広いということで突っ込むのはやめておいた。親友だが、彼の乱れた女性関係には口出ししないし、関わりたくなかったのだ。




 それからしばらくしてマキシムから相談事がある、と文が来た。今度は彼の屋敷に僕が行った。いつになく真面目な顔で彼は話し始めた。


「騎士科の先輩の屋敷にずっと前に仲間数人と招かれてさ……それぞれが十八禁本を持ち寄って回し読みしたことがあったんだよ」


 コイツは何が言いたいんだ的な顔になっていたと思う。


「あっそう……楽しめたようで何より」


「話はこれからだ、よく聞けよナット。そんで昨日この鞄を使おうと思って出してみたら俺のモノじゃねぇ本が一冊出てきたんだよ。その時に鞄に紛れ込んだに違いないんだ」


 怪しげな本を手に、マキシムは超真剣である。


「……で、君のコレクションが一冊増えた、と」


「俺こんな本、要らねぇんだよ! 嗜好違いでオカズにもなんねぇし! 多分その先輩のものだと思うんだけどさ、他の奴かも……」


 相談事ってバカバカしくて脱力してしまった。


「持ち主を見つける必要あるの?」


「いや、何か寝覚めが悪いんだよ! 俺、王宮に就職控えてるし、エロ本しかもBL系本泥棒の汚名を着せられるのは……」


 やたら細かいところで律儀な奴だった。


「多分それは盗難とは言わないんだよ、マックス。安心しろよ。僕も詳しくはないけれど、父に聞いてみようか」


「いや、天下の次期副宰相様をこんな雑事でわずらわせるわけには……俺の兄貴にも情けなくて相談出来ねぇんだし……」


 マキシムのお兄さんティエリーさんは優秀な文官として父も彼の就職時から目にかけているようだった。


「じゃあ、うちのローズに聞いてみるよ。法律なら父より詳しかったりするんだよな。『故意に搾取したのでなければ窃盗罪とは言いませんわ』とかなんとかかんとか……って即答してくれるよ」


「ナット、今ローズっつったか?」


 そこでいきなり彼に両肩をガッシリ掴まれて揺さぶられた僕は何が何だか分からなかった。先程とはうってかわってマキシムは嬉しそうな顔をしている。


「うん、うちの上の妹だけど」


「そうだったか! ローズの奴、こんな近くに隠れていたのか、灯台下暗しだな……ああ、やっと分かったぞ! あの時の侍女だ、そうかそうか……ハハハッ」


「マックス、ローズと知り合いなのか?」


「知り合いってほどじゃない。髪と瞳が茶色で、利発そうな可愛い子だよな」


「確かにそうだけど?」


 成人向けBL本の所有者探しはどうなったのだろうか。


「今日家に居るか? 会わせてくれ。学院じゃ中々見かけねぇんだよ」


「……マックス、言っておくけどうちのローズはまだ十四なんだ。兄としては君をわざわざ妹に会わせたいと思うはずがないだろ?」


「そう言う意味じゃねえ、誓って。理由は道すがら話すからさ……」


 マキシムの中ではうちの屋敷にローズに会いに行くことが既に決定しており、彼はやたら嬉しがっている。男色系ピンク本盗難紛失事件はもう既に迷宮入り案件として捜査打ち切りになったようだった。


「あのローズにはしてやられたぜ……」




 それからマキシムは何かと口実を付けてはうちの屋敷に入り浸り、ローズにちょっかいを出すようになったのだった。


 二人は顔を合わせる度に口喧嘩をする仲になり、すぐにそれが恋になり、愛に変わったのは周りには一目瞭然だった。両想いなのにお互い素直じゃないものだから、家族は皆呆れていたものだった。


 ティエリーさんやギヨームなど、ローズの周りにちょっと若い男がうろちょろし始めた途端、マキシムは焦って行動に出た。


 それからはあれよあれよという間に婚約、結婚まで決まったのは良かった。そこからすぐにめでたしめでたしにはならず、二人の仲がやっと安定したのはマキシムが最後の遠征から戻ってローズが妊娠を告げてからである。


 マキシムもローズも子供っぽいところがあるが、マキシムの方がより幼いのでその辺はローズが上手く操っているようだった。




 ということで僕の親友は出会いから九年後に義理の弟になった。


「義兄上におかれましては今日もご機嫌麗しく……」


 彼は時々僕に向かって冗談でそんな挨拶をするのだった。




 マキシムはその人当たりの良さのお陰か、近衛騎士団副団長まで出世した。ローズは文官としての仕事を続け、その後王国史上女性として初めて司法院長官の職に就くことになる。夫マキシムの支えがあってこその長官職就任だとローズは常に周りに言っているのだった。




     ――― 番外編 兄  完 ―――




***ひとこと***

マキシムがローズの正体を見抜くきっかけになったのにはこんな経緯があったのでした。

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