幸福

第十八戦 祝言

 結婚式の準備は主にマキシムと双方の母親が仕切っていました。衣装だけでなく、招待客や花に飾り付けに料理、果ては新居の家具、新しく雇う使用人……こんな気の遠くなるようなことをマキシムは面倒がることもなく嬉々としてこなしていきます。


 彼のフットワークの軽さに時々ついていけないこともありましたが、私も花嫁として出来る限り手伝いました。何よりマキシム自身が式を、私との結婚を楽しみにしているようなのです。


 私の花嫁衣装はマキシムとうちの母が決めたようなものです。マキシムはあまり胸元がはだけて肩もあらわなドレスは好まないと主張し、母はそれでも私もまだ若いのだから露出と言っても首まで隠すことはないだろうと言い、私よりも二人の方が熱くなっていました。


 結局、首回りの開きは少な目の袖も二の腕まである、スカート部分は割と細身のドレスに決まりました。露出はなるべく避けろというマキシムの意見で、私は肘の上までの手袋まではめることになりました。ドレスの白い生地には薔薇の織り模様に、上半身には一面に模様と同じ細かい白の刺繍がなされています。ブーケはピンクの薔薇です。


 式の後の晩餐会に着るドレスまでマキシムは細かく注文をつけてきました。色は絶対淡いピンクと指定されました。私は絶対その色が似合うと、どうしてそこまでこだわるのか分かりませんが、私も好きな色なので反対することもありませんでした。


「ローズは幸せね、将来の旦那さまが貴女の衣装作りにこんなに積極的に参加してくださるなんて。普通男性なんてドレスなんてどれも同じ、何でもいいって言うわよ」


「え、おじさまはおばさまのお召し物に何も注文おつけにならないのですか?」


「アントワーヌは私が何を着ていても美しいですよと褒めてくれるから……」


「あらまあ、ご馳走さまです! 確かに珍しいですわね、マキシムさんみたいな男性は。でも私は自分が着たいものを着ますわ。いちいち私のドレスにイチャモンつけてくる男はちょっと遠慮したいです……」


 母とミシェルの会話をぼんやりと聞いていた私です。マキシムは私がみっともない格好をするのが許せないだけだと思うのです。ただでさえ私はお洒落や流行に疎いのです。マキシムの方がよっぽど最新の女性のファッションの傾向に敏感であると言えます。


 彼自身は黒の礼服に決まりました。私の白い花嫁衣裳もピンクのドレスも映えるからという理由です。




 そしてあっという間に式の当日を迎えてしまいました。マキシムと双方の母親の見事な連係プレーにより準備万端です。


 その日の朝は家族と一緒に大聖堂に向かいます。花嫁衣裳を着せてくれたモードもほうっとため息をつきながら送り出してくれました。


「今晩新居でお会いする時にはもう奥さまとお呼びするのですね……言葉に出来なくくらいお美しいですわ、お嬢さま。おめでとうございます」


「ありがとう、モード。これからもよろしくね」


 なんだかしみじみしてきました。




「僕は今から泣かないようにするのが精いっぱいだよ」


 馬車で家族と大聖堂に向かっている時から父はそんなことを言っています。


「まあ、涙が出たとしても僕達の結婚式でのルクレールの御祖父様ほどは泣かないだろうけどね」


 私の母方の祖父が両親の結婚式で号泣したというのは有名な話です。その時まだ三歳だった兄でさえ良く覚えているのです。家族や親戚の間では当時のことは良く話題に上ります。


「母上に嬉しい時でも涙が出るものなのですよ、と教えてもらったんだよなぁ」




 馬車の中で父は昔話を始めそうになっていました。


「ローズ姫がこの世に生まれた日のこと、昨日のことのように思い出せるよ。ナタンが本当は弟が欲しかったってぐずっていたね……」


「アントワーヌ、そんな話をしていると大聖堂に着く前から涙が出てきてしまいますわ。父のこと笑えませんよ」


「そうだけど、ローズ姫は嫁いでも遠くへは行かないから今日の式でも晩餐会でも僕の涙腺は大丈夫だ」


 まるで妹のマルゲリットはそのうちどこか遠くへ行ってしまうような言い方なのが少し気になります。




 花嫁衣装の細部に渡って口を出してきたマキシムでしたが、仮縫いを始め、私がそのドレスを実際身にまとっている姿は目にしていません。


 私のこの姿が彼の目にどう映るか心配になってきました。こんな豪華な衣装です、彼の思った通りに着こなせているのでしょうか。今日は白を身に着けていますから流石にドブネズミとは言われないでしょうが……


 そうこうしているうちに大聖堂に着いてしまいました。私は付添人のミシェルに導かれて花嫁の控え室に入ります。


「ミシェル、私の姿おかしくない?」


「何を言っているの、ローズ! とっても綺麗よ。家族の皆さまもそうおっしゃってくれたでしょう?」


「だって家族やモードは身内のひいき目でみるから……」


「どこから見ても可憐な花嫁よ。ため息が出てしまうわ。マキシム・ガニョンは果報者ね、全く!」




 時間になり、父が控え室まで迎えに来てくれました。彼と腕を組んで大聖堂に入場します。


「僕のローズ姫が他の男のものになる日がこんなに早く来るとはね……幸せにおなり」


「お父さま、ありがとうございます」


 とにかく私の人生の第二幕は始まってしまいました。もう後戻りは出来ません。今日からはローズ・ガニョンとして、マキシムの妻として生きていくことになります。


 祭壇の前で私の愛してやまない男性が待っています。憎らしいくらい凛々しくて美しい彼でした。感嘆のため息が出ます。彼の優しい微笑みに私はとても弱いのです。


 マキシムの前まで進むと、私は彼の手を取り、父は最前列の母の隣に座りました。


「俺の花嫁は目が覚めるような美しさだ」


「今日のドレスは白いから、ドブネズミではなくてハツカネズミかしら?」


 マキシムは少し変な顔をしました。


「いや、だからそれは……」


 大司祭さまの咳払いが聞こえてきます。式の前には緊張でカチコチになってしまうだろうと思っていましたが、そうでもありません。マキシムに対してこんな軽口が叩けるくらいです。




 厳かな雰囲気の元、式が始まりました。祭壇前でそれぞれ誓いの言葉を言います。そして私たち二人は向かい合い、大司祭さまの声だけが静まり返った大聖堂内に響き渡っていました。


「ここにマキシム・ガニョン、ローズ・ソンルグレの二人を夫婦として認めます」


 この後私たちはお互いの手を取り、誓いの口付けをする予定でした。物音一つせず、参列客が見守る中、マキシムと私はしばらく見つめ合っていたところでした。


「異議ありっ!」


 その大声が静寂を破りました。




***ひとこと***

おおっ、お約束の『その結婚、ちょっと待ったぁー!』です!

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