第十九戦 異議
異議ありという大声が大聖堂の静寂を破りました。参列者たちがざわめき、声がする方へ向きます。
「い、いえっ! 異議あり……ませぇーん!」
新郎マキシムの隣に居た付添人のアンリでした。
「ちょ、ちょっと何を
ミシェルが押さえた声でそう言うと慌ててアンリの側に回り、彼の口を両手で塞ごうとしていました。彼も騎士ですからミシェルの手など簡単に払いのけて続けます。再び彼の大声が響き渡りました。
「お、俺、いえ私はぁっ……マキシム・ガニョン様、貴方の妻に相応しい女性はこのローズ以外には認めませーんっ! どうか、彼女と末永く幸せになって……うぅっ……下さいっ! うううっ!」
ミシェルは彼の背後から羽交い絞めしようとして失敗したのか、彼の腰回りにまとわりついて後ろからしがみついています。アンリは最後
「ア、アンタに認められる必要がどこにあんのよ!」
ミシェルはまだアンリにしがみついたまま私達にしか聞こえないような抑えた声で
「うぉっほん! 皆さんどうかお静かに!」
大司祭さまが事態を収拾しようとしています。少し静かになったところで彼は仕切り直しました。
「えー、そこの者も異議はないようですから、改めてこの二人を夫婦として認めます」
そこでようやくマキシムと私は誓いを立て、口付けを交わしました。そして大聖堂は割れるような拍手と歓声に溢れました。
実はこの不測の事態というか珍事に青ざめ、頭を抱えていたのは私の家族とアンリの家族だけでした。ただ、ジェレミー伯父さまだけはアンリが異議ありと叫んだ時から笑いが止まらなかったそうで、アナ伯母さまに後で大目玉だったそうです。
他の参列者たちは私に横恋慕していたアンリが男泣きをしながら潔く私たちの結婚を祝っているという、何とも好意的な曲解をしてくれていました。
数々の思惑が交錯する中、口付けを交わした後私たちは見つめ合っていました。
「マキシム、ちょっとしたハプニングはあったけれど私たち晴れて夫婦になったのよね」
「ああ、なったな」
「私と結婚してくれてありがとう。貴方がいつも私に言っていたように……生涯独身を通すことはなくなったわ」
マキシムはまた先程のハツカネズミ発言の時のような変な表情を見せました。
「何だよ、それ。お礼を言うのは筋違いだろ」
「でも私も一度は結婚してみたかったのよ。誰でもいいわけではないわよ。だから……貴方ととりあえず結婚できて良かったわ」
「何か、そのとりあえずってのが気になるところだけど」
私はそのまま彼に引き寄せられて再び二人の唇が触れ合いました。
式の後私達が大聖堂から出る時、アナ伯母さまがジェレミー伯父さまとアンリを連れてマキシムの両親に平謝りしていたそうです。
「うちの息子がとんだ騒動を引き起こしてしまいまして……お詫びのしようもございません」
「まあまあルクレール夫人、頭をお上げください。私たちは気にしていませんよ。アンリ君の潔さには返って感銘を受けました」
やはりマキシムのお父さまは何かいい方向に誤解されているようでした。
「そんな……ほらアンリ、貴方もきちんと謝罪なさい! 旦那さまも何ニヤニヤされているのですか!」
「アナさん、そんなに畏まらないで下さいな」
マキシムのお母さまも大らかでお優しい方なのです。
「マキシム様のお父様にお母様、俺、いえ私は彼に憧れて騎士団に入ろうと決意したようなものです。本日はまことにおめでとうございます。神聖な場面で思っていることを正直にぶちまけてしまい、申し訳ありませんでした!」
「バカ息子が大変お騒がせしてしまったようで……」
それでもアナ伯母さまはこれ以上私の義両親の前に居るとアンリとジェレミー伯父さまが余計なことを口走るのではないかと危惧したようです。一通り謝罪を済ませると再びその二人の腕をがっしりと掴み、義両親から遠ざけたのでした。
その後いつになってもミシェルは私たちの誓言の場面についてこう言っていたものです。
「あの時ね、アンリがマキシムさまに抱きついて、花嫁よりも先に彼のキスを奪うのじゃないかと私は最悪の事態を予測して必死で止めようとしていたのよ! アイツのお陰で大恥かいちゃったじゃないのよ!」
「うふふ……」
「ローズったら何ニヤニヤ笑っているのよ! 貴女は式を台無しにされて激怒してもいいくらいなのよ!」
「だってアンリだって別に式をぶち壊したわけでもないじゃない? 何だか彼のお陰で緊張がほぐれたのよ」
私たちの新居は大勢の客を受け入れられるほどの広さがないので、式の後の晩餐会はマキシムの実家ガニョン家で行われました。
私はドレスを着替え、ご馳走が食べられるようにコルセットも少し緩めてもらいました。緊張して料理も喉を通らないのではと思っていましたが、意外とそうでもなくダンスも料理も招待客とのお喋りも楽しめました。
私は最初に花婿と踊り、その後は付添人のアンリ、父や兄と踊りました。
興奮気味のお騒がせアンリにはこう言われました。
「これからもお前の従弟として良き理解者として仲良くしてやってくれ、とマキシム様直々に頼まれた。こう肩をポンポンと叩かれてな、しっかり握手もされた」
彼は再び涙を流し出しました。ミシェルの言った通り、父よりも泣いています。ミシェルは疲れたわと言いながらため息をついています。
「マキシム・ガニョンも自分のお兄さまやギヨームには嫉妬してもアンリにはしないのよねぇ……まあそれも
「マキシムが嫉妬? まさか! 考えられないわ……」
「貴女って相変わらず鈍感天然娘なのよね……でもそれがローズらしいわ」
私はその後、他の従兄たちとも踊りました。実はエティエン王太子、トーマ第二王子にマデレーヌ王女も私たちの式に私の従兄弟として出席してくれていたのです。
王族は臣下の婚姻の儀には出席しないのが習わしですが、親族の場合は特例もあるのです。それにマキシムは近衛騎士として王家の皆さまの護衛もしますから、彼らはマキシムとも顔見知りなのです。
花婿のマキシムは一通りダンスを踊った後は友人たちに囲まれて飲まされているようでした。私は主にミシェルや妹とお喋りをしていました。夜も更け、招待客をほとんど見送った後、私たち夫婦は新居に帰りました。
***ひとこと***
途中ひと騒動はあったものの、(やはりアンリ君でした!)無事に式は終わりました。
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