第二十戦 新枕
晩餐会の後、新居に帰る馬車の中で二人きりになった途端にマキシムは私にベタベタしてきます。
「マキシム大丈夫? 貴方どれだけ飲まされたのよ」
彼は足元が少々ふらついていました。
「このくらい平気さ……風呂に入れば酔いも覚める」
「今朝も早かったし、お疲れでしょう。私もこのきつくて重いドレスを早く脱ぎたいわ」
新しい屋敷で私の女主人としての初日でしたが、あまりに夜遅くなったので数少ない使用人たちは既に休んでいました。
私たちはそれぞれの部屋に引き取りました。新居の寝室は夫婦の部屋が一応別れていて中は扉で行き来ができるようになっています。私の部屋ではもう休んでいたと思っていたモードが待ち構えていました。
「モード、起きて待っていてくれたの? 休んでも良かったのに……ガニョン家勤務初日から残業させてしまって……」
「大丈夫ですわ、奥さま! 昼間は休めましたから。それに奥さまが新婚初日から読書や仕事を万が一始めないよう、旦那さまに呆れられないよう、滞りなく初夜をお迎えになられるよう、見届けるのが私の務めです!」
「こ、コワいわよモード! って貴女ずっと見張っているつもりなの!?」
「ものの例えでございます! さ、お召し物を脱いでご入浴されて下さいね」
「ええ、一日中豪華な衣装で肩が凝ったわ……」
「奥さま、こちらが今晩の寝衣でございます」
お風呂上りの私にモードが押し付けるのは私が普段着ている寝間着よりも随分と洒落ています。生地も薄くて寒そうだし、何だか透けているような……誰がこんなものを用意したのでしょうか。
「私、こんな寝間着持っていなかったわよ? とにかくマキシムは今夜かなり酔っているみたいだし、自分の部屋で休むのじゃない?」
結婚したはいいけれど、私は何と言っても
「そんなはずありませんわ! こんな綺麗な花嫁をもらって初日にお手も付けずに眠ってしまうなんて!」
「ちょっと落ち着いてよモード」
「仕事熱心とおっしゃって下さい。とにかく準備は万端です! 後は旦那さまのお成りを待つのみですね、奥さま。私は下がらせていただきますね」
「お休み、モード」
彼女はやっと出て行きました。
「モードはああ言うけれど……まさかね……ああ疲れたわ。さあ寝ましょうっと」
実家の自分の寝台よりも随分と広いそれに横たわると私はあっという間に眠りの国へ
ですからそのすぐ後にマキシムの寝室と繋がる扉が開いた音も、そこから入ってきたマキシムが寝台のど真ん中に陣取り熟睡している私を見て盛大についたため息も、彼の独り言も聞こえていませんでした。
「嘘だろ……今まで待たされた挙句にお預けかよ……」
(そう言えば私、結婚して引っ越したのだわ……)
辺りがあまりに明るく、私は疲れのために寝坊してしまったと気付きガバッと跳ね起きようとしました。
それと同時に何かが腰の周りにまとわりついているのを感じました。それに横向きに寝ていた私の背中や首、お尻にも何かが当たっています。生温かいものでした。
しかも腰周りの何かは寝衣の上ではなく、私の肌に直接触れています。寝ぼけた頭でそれは人の手だと気付くのに数秒、それが多分マキシムのものだと気付くのにさらに数秒を費やしました。彼の使う石鹸と香水の香りくらいは分かるようになっていたのです。
(……ど、どうしてマックスがここで寝ているの?)
私はそうっと腰に
(まだ寝ている?……わよね?)
掛け布団をめくり、体を起こそうとした時に視界がひっくり返りました。私は仰向けになりその上にマキシムが馬乗りになっています。
「お、お早うマックス……起きていたの?」
「ご挨拶だな、ローズ・ガニョン。よくも俺が大人しく耐え抜いたお預け期間を更に一日延ばしてくれたな!」
「お預け期間? あっ……あふっ」
そう言葉を続けようとした私の口はマキシムのそれで塞がれてしまいました。唇が解放されたと同時にあれよあれよという間に私の寝衣ははぎとられ、下着まで消えてしまいました。
「あの、マックス……ちょっと待って……もうこんなに明るくて、私恥ずかしいわ……」
「うるせえよ。昨晩イビキかきながら爆睡してしまっていたお前が悪い」
「いびき?」
「というのは冗談だけどさ! 新婚初夜だぜ、普通は愛しい旦那様のこと起きて待つもんだろーが! 俺がいつもより念入りに体洗って酒臭くないように歯磨きも時間かけて、さあヤるぞ! と意気込んでお前の部屋に来たら新婦は既に夢の中……起こすのも可哀そうなくらい幸せそーな寝顔でさ……」
「えっと、それは……」
そう言えば昨夜モードにも口を酸っぱくして言われていました。これが彼女にバレたら私は大目玉です。
「婚約してから式までお子ちゃまのハグとキスだけで耐え抜いていた、憐れな煩悩まみれの俺に対して責任取れよな!」
軽い抱擁とキスだけで我慢と言われても、マキシムなら別に私でなくても相手ならいくらでもいるのです。
「そ、そうね……じゃあ、侍女のモードがここに乱入してくる前にさっさと済ませてしまいましょう!」
「……何だその言い方は……やっつけ仕事かよ!」
「え、えっとそういう意味ではなくて……ご、ごめんなさい。何と言ったらいいのか……私、経験はないし、
「まあそんなにテンパって力むなって。大丈夫だから」
マキシムは私の髪を優しく撫でて再びキスの雨を降らせ始めました。そして私は彼にいいように翻弄されました。
***ひとこと***
やはり新婚初日からすれ違っているようです。
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