第十三戦 求愛

 昨晩酔って帰ってきた私は父にも家族にも合わせる顔がありません。


「お、お父さま、お早うございます。あの、昨晩は大変お見苦しい所をお見せして申し訳ありません……」


「見苦しいというか、あのまま馬車の中で寝入ってしまった君を支えてこの部屋まで運ぶのに苦労したよ」


「ええっ?」


「旦那さまは若い男性の使用人がお嬢さまに触れるのが許せなかったのですよ」


「申し訳ございません、お父さま……」


「まあ君も半分は起きていてフラフラと歩いていたけれどもね……」


 私は恥ずかしさでいっぱいです。


「それよりローズ姫、君にお客様だよ」


「私に、ですか?」


 どうして執事や侍女でなく父が自ら私を呼びに来たのか、そんな疑問が顔に表れていたみたいです。


「その客人は先程まで僕に話があったものだから」


 ますます不思議です。私と父の共通のお客さまとは文官の方でしょうか。


「私、こんな普段着ですけれども、お待たせするのも悪いですね」


 父はニコニコしながらモードに目配せなどしています。


「居間で待っておいでだよ」


「はい」




 居間の庭に面した窓の側に、お客さまは私に背を向けて立っておいででした。私はその後姿ですぐにその方がどなたか分かりました。彼が私を訪ねてこの屋敷に来た四年前のことを思い出しました。


 マキシムは昨晩よりは略式ですが礼服姿で、私の足音を聞いたのかこちらをゆっくりと振り向きます。彼の爽やかな微笑みに目がくらくらしました。手には何故か立派な薔薇の花束を持っています。昨晩の私のドレスのような私の大好きなピンク色です。


 この後どなたかお付き合いしている方と会うのでしょうか。マキシムにこんな花束を贈られる女性が羨ましくないと言ったら嘘です。以前私が彼に名乗った時、彼が言った言葉を懐かしく思い出しました。


『ローズ、正にピンクの薔薇が似合いそうな君にぴったりの名前だね』


 出会った時からマキシムの何気ない一言や行動に一喜一憂している私です。きっとこれからもずっと、誰と一緒に居ようが、ふとしたことで彼のことを思い出すに違いません。


 私は二日酔いで頭痛で最悪な気分だというのに、彼は無駄にキラキラして、男性としての色気を振りまいています。私はなんだか惨めな気持ちになってきました。


 マキシムには私がもの欲しそうにしているように見られたくないので、敢えて花束については触れないことにしました。無理にニッコリと笑って挨拶をします。


「こんにちは、マキシム」


「ああ、ローズ……あ、あのさぁ……」


 マキシムは急に真面目な顔になり、何か躊躇ためらっているようです。


「なあに?」


 そこで彼はいきなり私の方へ数歩近づくと、いきなり床にひざまずき、私の方へその花束を差し出しました。


「ローズ・ソンルグレ嬢、貴女を愛しています。どうかこの私に祭壇の前で貴女の手を取る栄誉をお与え下さい」


 二日酔いのために耳鳴りか幻聴なのでしょうか、愛の言葉と求婚の文句が聞こえてきました。昨晩の続きで友人たちと賭けをしているのでしょうか。あまりにも大掛かりで趣味が悪すぎるような気がします。


「マキシム? あの、貴方……」


「ローズ、愛している」


 そんな重い言葉を悪ふざけで軽々しく言ってはいけないわ、と彼をたしなめようとしたところ、私は視界の隅、居間の入口に両親の姿を認めました。


「マックス、ねぇ立って、いくら何でもそれはやり過ぎよ……」


 両親も見ているところでこんな悪ふざけを止めさせたくて、私は慌てて花束を腕に取り、空いている方の手でマキシムを立たせようとしました。


「確かに俺の求愛を受け取ったな」


 そこで彼はニヤリと嬉しそうに笑い、立ち上がると私が抱えていた彼の花束をそこらに放り投げ、私はきつく抱き締められてしまいました。彼が首筋に顔を埋め、そこに口付けられました。


「え? マ、マキシム? やだ、くすぐったいわよ。それに両親がすぐそこに居るの……離して?」


「やだね」


 やだって、そんな何言っているのよと彼をとがめようとしたその口を唇で塞がれてしまいました。そのキスが深くなりかけた時に父と母が居間に入ってきました。


「おめでとう。ローズが一瞬固まっていたからどうなることやらと心配だったけれど……」


 マキシムは私をやっと解放してくれました。


「お父さま? いえ、これは……」


「ソンルグレ侯爵夫妻、ありがとうございます。必ずローズさんを幸せにします」


 私は耳を疑いました。いくらマキシムでも両親を巻き込んでまで賭けをするわけはありません。


「あの、私ちょっと状況が……」


「そうか、嬉し過ぎて戸惑っているのか、ローズは」


 マキシム何を血迷っているのよ、などと言いかけましたが、やめました。それよりも彼のこんな笑顔を見ていたくて、口を閉じました。


「皆で昼食にしようか、ナタンは留守だね」


「マルゴもきっと……朝は居ましたけれど」


「彼女も外出したみたいだよ。君達は昼食後ゆっくり二人きりにしてあげるからね」


 父は私にウィンクまでしています。私は二日酔いと混乱のため、昼食もスープだけにしてもらいました。父はシャンパンの瓶を開けています。私は昨日の今日なので乾杯は水にしてもらいました。


 食事中既にマキシムと両親はやたら具体的な話を進めています。


「私はなるべく早く一緒になりたいのですが……」


「僕としてはしばらくの婚約期間を経てから式を挙げて欲しいね」


「アントワーヌ、何をおっしゃるの。善は急げよ。二人共出会ったばかりではないでしょう。お互いのことはもう十分すぎるくらい知っているわよね」


 私はどうしても彼らの会話について行けません。


「だってフロレンス……僕のローズ姫はまだ若いのだし、そんなに急いで嫁がせるのは……」


「私たちは貴方が求婚して下さってから式まですぐだったわ」


「僕達の場合は事情が違いますよ、フロレンス。それに僕が最初に貴女に結婚して下さいと言ったのは二人共学院生のときですよ。それから六年越しですよ」


「そうでしたわね」


 両親は見つめ合って二人の世界に入ってしまいます。昔のことを思い出す時には良くあることです。


「マキシム、ごめんなさいね。うちの両親、仲が良すぎて……いくつになってもこうなのよ……それに父には人前で私のこと姫だなんて呼ばないでって言っているのに、もう……」


「ああ、知ってるさ。ナットから聞いているし。それよりさ、御父上に言ってくれよ。早く式を挙げたいって」


 マキシムは反則笑顔で私の手をしっかりと握ります。




***ひとこと***

ローズ一人がこの急展開についていっていませんが……

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る