第十四戦 準備

 私にはマキシムがどうしてそこまで式を急ぐのか全然分かりません。彼が今すぐにでも結婚したい理由は何なのでしょう。


 私の花嫁持参金を目当てにするほどガニョン家の財政が逼迫ひっぱくしているわけはありません。マキシムは次男ですし、家のために早く花嫁をめとる必要もありません。


 時々国境警備隊のところへ遠征に行くのが嫌になったのでしょうか、身軽な独身騎士が主に送られると聞いています。結婚すればもう王都と国境付近の街を行ったり来たりしなくてもすむそうです。それでも彼は毎回遠征の度に嬉々としておもむいているのです。不思議です。


 と言うよりもまず、何故結婚相手が私なのでしょうか。


 父を始め、文官の方々の尽力のお陰で法改正が行われ、婚姻に関してはほぼ男女平等になりました。以前のように男性側の都合だけですぐに婚約破棄や離縁することも出来なくなっています。


 マキシムがそんなことを知らずに気軽に誰にでも求婚しているとも思えません。私の頭の中は疑問で一杯でした。


 マキシムは私のことを熱く見つめています。こんな目線を向けられたことなんて今までにまずありませんでした。調子が狂います。


「ところで式を挙げたとして、君達どこに住む予定なの?」


「ご実家はお兄さまがお継ぎになるのでしょう?」


「はい。ですから私達は王都内に屋敷を買ってそこに二人で住もうと思っています」


 ちょっと待って、私達ってもしかして私も含まれているのかしらと確認したい気分です。


「どの辺りを考えているの?」


「そうですね、王都南部かプラトー北部でしょうか」


 両親とマキシムの新居の話はそこまで具体的に進んでいます。


 マキシムは屋敷を買うために私の花嫁持参金が必要なのでしょう、でも結婚しなければ新居購入金も要りません。私は二日酔いの頭痛で正常な判断が出来ていません。考えが支離滅裂です。


 結局式の日程も新居についてもそんなに急いで決めなくてもいいではないか、ということで昼食を終えました。急ぎたいのはマキシムだけで、私は全然ついていってないので決まらなくて当然です。




 昼食の後、早速私と一緒に新居を探しに行きたいとマキシムは言っています。


「マックス、私今日は頭痛がするから……」


「二日酔いで思い出した、お前な、もう俺の居ない所で酒飲むの禁止な」


「ええっ?」


「えっ、じゃねぇよ! 大体な、酔ったお前は無茶苦茶危なっかしいんだよ!」


「私昨晩酔って貴方以外にも迷惑掛けていたの? お、覚えていないわ……」


 お酒を飲んだ後はマキシムにキスをされただけです。そして屋敷に着いてからは父に支えられて寝室に連れて行かれた私です。マキシムと父に迷惑を掛けた以外に他に何かとんでもないことをしでかしたのでしょうか?


「はぁ……先が思いやられる……まあ俺と二人きりなら飲ませても……」


 マキシムはそうブツブツつぶやいていました。




 その次の休みにはマキシムのご両親に挨拶をするためにガニョン家に連れて行かれました。あちらのご両親も、ティエリーさんも私たちの結婚を大層喜んで下さいました。


 結局私たちは秋の終わりに式を挙げることになりました。私の母にマキシムと彼のお母さまの三人が妙に張り切って準備に忙しくしています。


 母は被害者保護施設『フロレンスの家』の園長を務めており仕事もありますから、マキシムのお母さまが主に準備を仕切っておいででした。


 マキシムは新居探しにあちこち奔走しており、時々私も駆り出されます。結局私たちは閑静な高級住宅街の一軒家を購入しました。貴族の屋敷にしては小さめの家ですが、十分な広さの庭があるところが私は気に入ったのです。


 私の花嫁持参金を新居の頭金に充てましょう、と申し入れましたがマキシムには断固として却下されました。


「俺も次男として家を出る時のための貯金があるから、心配すんな。式の費用は二人で折半して、お前の金の残りはとっておけ」


 どうしても受け取ってくれませんでした。持参金目当ての結婚でもないようでした。




 その年、私は学院を卒業して夏の終わりには就職し婚約に結婚、引っ越しと他にも一度に大きな変化が沢山訪れた一年でした。卒業と同時にマキシムとの婚約を公表し、あれよあれよという間に事が進んでいきます。私はいまいちその早い展開について行っていませんでした。


 婚約を公表する前に親戚や親しい友人たちにだけは一足先にマキシムや両親が報告していたようでした。マキシムの婚約を聞いたアンリは涙ながらに屋敷に乗り込んできました。


「ローズゥ! 本当なのか? お前、いつの間にマキシム様とそんな仲にぃー! お、俺は! 俺は……」


 そして彼は泣き崩れてしまいました。


 方やミシェルには変な風に納得されました。


「ローズやマルゴはね、お父さまとお兄さまが素敵すぎるから、絶対彼らとは正反対のタイプの男性がいいに決まっているって常々思っていたのよ。ローズが選んだのがあのマキシム・ガニョンだとは少々意外だけど……まあ応援しているわよ」


 私が選んだと言うには少々語弊もありますが、彼の求婚を受け入れたのは確かです。


 マキシムは私と婚約してからは益々我が家を訪れることが多くなりました。何だか私たちは本当の婚約者同士みたいになってきました。


 休日の度に会って、式の打ち合わせをし、一緒に買い物に出掛けました。毎回別れ際には必ずマキシムは私に口付けて軽い抱擁を交わします。


 あのマキシムがこんなままごとのような付き合いでは満足出来ていないということは重々承知でした。私が学院の校舎裏などで目撃していた逢引の現場で彼はもっと際どいこともしていたのですから。


 ですから私ではきっとマキシムのそちらの欲求を満たすにはお呼びでないと思い込んでいました。以前彼は私じゃその気にならないし、えると断言していたように、彼も私のことを求めてくることはありませんでした。




 それから式の準備が着々と進んでいき、私たちは付添人を選ぶことになりました。結婚式で新郎新婦の付添人を務める男女は婚約者同士や恋人が多いのです。でなければ新郎新婦が次に結ばれて欲しい二人を選びます。


 私たちの婚約を知った瞬間からミシェルには口を酸っぱくしてこう言われていました。


「結婚式にアンリを招待したら駄目よ。アイツは当日監禁でもしておかないといけないわ! 式をぶち壊しに来るか、貴方のお父さまよりも号泣するか……とにかく駄目!」


「まさか! いくらアンリでもそこまでは……」


「ローズ・ソンルグレ侯爵令嬢! よくそんな呑気に構えていられるわね……私は別に結婚相手がマキシム・ガニョンでなくてもヤツだけは結婚式には呼ばないわよ!」


「まあ、言い過ぎよミシェル。実はね、アンリには花婿の付添人をさせてくれと頼まれているのよ。実に涙を流しながらどうしてもってね」


「ローズ、もちろん断ったのよね!」


 最近のミシェルは以前にも増して迫力が増してきて、私は圧倒されてしまいます。


「いえ、マキシムもうちの兄以外特に適役も居ないし、アンリでもいいって言うから……」


「え? アイツにやらせるの? オーマイガッー!」


 ミシェルは頭を抱えて床に座り込んでしまいました。


「じゃあ女性の付添人はどうするのよ!」


「貴女に頼もうと思っているのだけど……あの、アンリと一緒じゃ嫌かしら?」


 彼女は凄まじい勢いで立ち上がり、ガバッと私の両手を握ります。


「何が何でも引き受けさせていただくわ! アンリが相方だろうが、貴女の結婚式だもの、是非させていただくわ。それにアイツが何か騒動を引き起こさないよう、近くで見張っていないといけないから!」


「あ、ありがとう、ミシェル」


 ミシェルがどうしてそのように警戒するのか、アンリが少々可哀そうでした。実は彼女の言葉もただの杞憂ではなかったのでしたが、それはもうしばらくして述べます。




***ひとこと***

マキシムとローズの温度差が非常に大きいのですが……

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