延長戦 父親(一)

― 王国歴1041年-1050年


― サンレオナール王都




 僕の名前はアントワーヌ・ソンルグレ、この物語の主人公ローズの父親です。


 僕がマキシム・ガニョンのことを知ったのは、彼が長男のナタニエルと仲良くなったからでした。当時二人は貴族学院に在学中でした。


 ナタニエルは丁度難しい年頃で、僕も妻のフロレンスも手を焼いていました。時々癇癪を起こして家出をする彼には常にドウジュをつけていたのです。


 僕が主人公の話「開かぬ蕾に積もる雪」をお読みになっていない方はドウジュをご存じないですね。彼は僕のために働いてくれている諜報員のようなものです。


 そのドウジュからはナタニエルが貴族学院に入ってからは彼にも何人か良い友人が出来たと知らされました。十代にもなると男の子は親に学校で何があったか、誰と仲良くしているかなんていちいち言わなくなるものです。


 ナタニエルの出自にかかわらず、彼自身を見て付き合ってくれる友人が居て、マキシムもその一人であるとドウジュに教えてもらいました。


 何でもナタニエルがいじめっ子達に呼び出された所にマキシムが丁度居合わせて、彼を助けようとしてくれたことで二人は仲良くなったそうです。騎士科に籍を置いているだけあって正義感の強い子だなと、最初はその程度の認識でした。




 それから数年後、そのマキシムが長女ローズの周りをチョロチョロし始めたのです。その時は僕も少々焦りました。


 反抗期の終わったナタニエルによると、マキシムの女性関係はかなり乱れているそうなのです。そのせいで本当はローズに会わせたくなかったとなどと言うではないですか。


「ドウジュ、マキシム・ガニョンから目を離さないで! それから彼と彼の家族について洗いざらい調べておいて!」


「若、怖いです」


「アントワーヌ、心配症が過ぎますわ」


 ドウジュとフロレンスには大いに呆れられました。しかし年頃の娘を持つ父親としてはどうしても譲れません。愛娘が女たらしの毒牙にかかるのを止めなければ、という使命に燃えていました。


 ドウジュからすぐに報告を受けました。


「マキシム・ガニョン、ガニョン伯爵夫妻の次男で十八歳、騎士科の最終学年で秋には王宮に就職します。三歳上の兄、ティエリーは司法院に勤める高級文官です」


 兄のティエリーは僕も良く知っていました。彼が就職したばかりの時、ナタニエルの友人の兄ということで話しかけて以来、懇親会や定例会でも顔を合わせていて優秀な文官であると認めていました。


「若が最も心配されている件ですが……彼の素行はまあ、良いとは言えません。しかし何と申しますか、女性も皆さん割り切った方々ばかりのようで、特に揉め事も起こしていませんね」


「どういう意味?」


「ですから……面倒な修羅場になりそうな女の子は上手く避けていると言いますか……」


「最低ヤローだね」


「まあまあ、若」




 そしてマキシムは就職後、ナタニエルをだしにちょくちょく我が家を訪れるようになりました。その度にローズと顔を合わせては口喧嘩をしていました。


「喧嘩する程仲が良いのよね、二人は」


 フロレンスは呑気にそんな認識しかしていません。ナタニエルも侍女のモードまで同じ考えのようでした。


 ある日など、マキシムとの激しい口喧嘩の後にローズは部屋にこもって泣いていました。


「ドウジュ、あの不届き者、事故に見せかけてヤッちゃって!」


「若、なんて物騒なことを……」


「アントワーヌ、ちょっと落ち着いて下さい」


「若、昔は私の手を汚させるのは良しとしないなんておっしゃっていたのに……」


「親バカが過ぎるのですよ。女は苦しい恋をして美しくなるものよ」


「相手にもよるよ、フロレンス!」


「私、マキシムさんは素敵な男性だと思いますわ」


「何だって?」


「もちろん私にとって一番素敵なのは貴方に決まっていますけれども」


「ええっと、奥様、私はそろそろ失礼させていただきまぁーす」


「ええ、その方が良いわね」


「ドウジュ、まだ話は終わっていないよ!」


 最近のドウジュは僕よりもフロレンスの言うことを聞くようになっています。あっという間に消えてしまいました。


「アントワーヌ、いい加減になさって」


「だってフロレンス」


「親が子供に誰を好きになれ、好きになるな、なんて言っても意味がないことは良くおわかりでしょう? 貴方だって子供達には色々な経験を積み、自由な恋愛もして欲しいとおっしゃっているではないですか」


「……」


「ローズとマキシムさんが想い合っていることは周りの誰の目にも明らかですわ。ただ本人たちがもう少し素直になればいいのですけれど」


「僕だってローズ姫には好きになった人と結ばれて幸せな家庭を築いてほしいよ。もちろんナタンもマルゴ姫も」




 その年、貴族学院最終学年のローズは本人の希望通り、王宮司法院に就職が決まりました。


 マキシムはその春また西端の街ペンクールの国境警備隊へ派遣されてしばらく王都を留守にしていました。僕にしてみればペンクールには愛人の二、三人でも居るのではないかと思わずにはいられません。


 流石にそこまでドウジュを送り込むことはしませんでした。




 そんなある日、卒業を控えたローズが何と自ら王宮での舞踏会に行ってみたいと言い出しました。貴族令嬢らしいこともしてみたくなったとのことでした。


 だったらこの機会にもっと誠実な、彼女に相応しい男を会わせようという気になりました。何もマキシム・ガニョンだけが男ではないのです。


 そして僕は屋敷に部下の文官を招くようになりました。僕がこれは、という若い男性ばかりをローズに紹介しました。


 もうすぐ文官として就職するローズには彼らと話をするだけでもためになるのです。しかし、連れてきた文官達は父親の僕に遠慮してか、ローズと積極的に仲良くしようとしません。ローズにしても同じでした。


 ただ、彼女の従兄ギヨームとマキシムの兄ティエリーとはローズも気軽に話しているようでした。ギヨームとローズはどう見ても恋愛に発展しないでしょう。鋭いティエリーは僕の魂胆を見抜いているのか、弟の気持ちを尊重しているのか、それに彼にも事情があるのだろうし、ローズとくっつきそうにありません。


 フロレンスの言う通り、親が子供の恋愛や結婚に口を出してもろくなことにならないとは頭では分かっているのです。




 さて、ティエリーは別に僕が上司として命令したわけでもないのに、ローズを歌劇や舞踏会に誘いました。ローズはマキシムを愛しているのに彼に舞踏会に誘われないから自棄になったのだか、ティエリーの申し出を受け入れていました。


 遠征から王都に戻ってきたマキシムは、いつの間にかローズがティエリーと親しくなっているのを見て、嫉妬丸出しでした。彼は実に分かり易い単純な男でした。


 その後、兄弟でどんな話し合いが行われたのか、舞踏会ではローズはまずティエリーと一曲だけ踊り、その後マキシムとずっと踊り続け、帰る直前まで彼と一緒でした。




番外編 父親(二)に続く




***ひとこと***

アントワーヌ君、ローズの周りをマキシムがウロチョロしだした時からヤキモキしていました。なんとドウジュまで駆り出されていたのですねー。

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