第二戦 素性
私たち兄妹や従兄弟は学院裏の森に共有の秘密基地を持っています。私たちの親の代から使われているこの基地は、従兄弟の苗字が付けられていてルクレール第一秘密基地、第二秘密基地と呼ばれています。
第一基地は大木の上の大きな二本の幹が別れているところに設けられたツリーハウスで、夏場に良く使います。第二基地は森のもっと奥にある崖の横穴で、雨風が防げるので寒い季節仕様です。
友人もそう多くない私はその秘密基地で良くお昼を食べます。その頃から私は昼休みに一人その秘密基地に行き帰りする時に、裏庭や校舎の陰でマキシムを見かけることが多くなりました。いつも女子学生と一緒でした。
じろじろ見ているわけではありませんが、どうやら毎回違う女の子です。以前は人気のない所で逢引している学生なんて目にも入らなかった私でした。でも一度マキシムのことが気になり始めると嫌でも目に留まるのです。
お相手の女子学生は、時には女性職員のこともありましたが、マキシムとイチャイチャするのに夢中なのか、私にはまず気付きもしません。彼の方は、と言うと女性とキスの最中だろうが抱き合っていようが、時々私と目が合うことがあるのです。その度に私は平常心を装って目を
でも他人のラブシーンだなんて、今まで勉強しかしてこなかった私には刺激が強すぎて、心の中ではドキドキしていました。いつも赤面していたことでしょう。マキシムの方は私に見られていようが、全然気にしている様子ではありません。
ある日私は学院の食堂で一人で昼食をとっていました。雨がひどく降っていたので秘密基地まで行く気にならなかったのです。
その時、マキシムが友人達と連れ立って食堂に入ってきました。遠くからでも彼は目立つのですぐに分かります。そして彼はなんと私の前で立ち止まり、話しかけてきました。
「ねえ君、どこかで会ったことあるよね?」
会ったことはあります。私は彼のことを少しだけ知っていますが、彼が私に話しかけてくる理由が分かりません。言葉が何も出てきませんでした。
「あの……?」
「ナンパの定番の台詞だけど、ナンパじゃないから。どこかで会って、話したこともあるよね?」
「はい、ございます」
「どうしても思い出せないんだよなぁ、俺としたことが……」
私も学院へは流石に侍女と間違われるような綿のドレスではなくて、簡素ではありますが貴族令嬢らしいドレスを着て行きます。
とにかく友人の家の侍女として話した女が貴族令嬢として学院に居るから、彼の中で記憶が繋がらないのでしょう。
「お覚えでないのも無理はありませんわ、最初に貴方さまにお会いしたのは……」
「いや、待って。言わなくてもいい。何となく思い出せそうなんだ。俺、君の名前知っているのに忘れている?」
彼は私の向かいに座りました。一緒にいた友人達は先に食事を買いに行ったのでしょう、居なくなっていました。
「いいえ、ご存知ないです」
「じゃあ名前だけ教えて?」
「ローズです」
「ローズ、正にピンクの薔薇が似合いそうな君にぴったりの名前だね」
そう言って爽やかに笑う彼に私は見惚れてしまいました。お世辞と分かっていても、彼が本当にそう思っているかのように聞こえてしまいます。
「あ、ありがとうございます」
私は不覚にも頬を赤く染めてしまいました。
「苗字は言わないで、少し考えてみるから。君は俺のこと覚えているのに何か悔しいね。マキシム、マキシム・ガニョンだ。じゃあね」
彼はそう言って微笑むと颯爽と去って行きました。何だったのでしょう。見覚えのある女が何者だか思い出せないのが悔しいとは……
「ローズ、今のって、騎士科のマキシム・ガニョンさんじゃないの?」
「ロ、ローズ! お前あの麗しのガニョン様と知り合いなのか!?」
幼馴染のミシェルと従弟のアンリでした。二人共私と同い年です。
「知り合いって言うか……」
「何、声掛けられてたの?」
「そうではなくて……」
「なあ、俺のことガニョン様に紹介してくれ! 頼む、この通りだ、ローズ・ソンルグレ様!」
ミシェルは私とは正反対で見た目も華やかで人見知りもせずよく喋ります。誰とでも仲良くなれる彼女は友人も多いのです。私にとって彼女は数少ない友人の一人です。
アンリは母の兄、ジェレミー伯父さまの次男です。騎士科で学ぶ彼はいつもテンションが高めでうるさいのです。
「残念ながら紹介できる程親しくないのよ。実はね、一度彼がうちの屋敷にいらした時にね……」
訳を話すと納得したのだかしなかったのだか、ミシェルは眉を少々しかめました。アンリは何故か目を輝かせています。
「ローズゥ! お前、ガニョン様のその、裸を見たのか? ど、どうだった?」
彼がシャツを私の前で脱いだのですから、上半身裸の姿が目に入ってきたのは本当です。どうだと言われても答えに
「あの? アンリ?」
「コイツのたわ言は聞こえなかったことにしなさいよ、ローズ! そう言えばナタニエルさまと仲良かったのよね、マキシムさまって」
「ミシェルも彼みたいな人に憧れるの?」
「俺は超憧れてるぞ、マキシム様に!」
「もう、馬鹿アンリはちょっと黙っていてよ! いいえ、あんなの全然好みじゃないわ。私我儘だから、私の言うことを何でも聞いてくれて私以外の女には見向きもしない人じゃないと駄目なのよ」
そこまでハッキリ言うのがいかにもミシェルらしいです。
「あ、そうなのね……でも貴女のその気持ち、良く分かるわ」
「ローズ、貴女意外とマキシムさまに気に入られちゃったのじゃない? 普通友人宅の侍女の顔なんて覚えていないわよ」
「まさか! 私のこと、見覚えがあるのにどこの誰か分からないから気になるだけでしょう」
「俺もソンルグレ家で侍女として雇ってくれ!」
アンリはジェレミー伯父さまに見た目はそっくりです。性格は伯父さまとは別の意味で強烈なのです。
「もうツッコむ気力も時々失せるわよねぇ......コイツ無視していいかしら……」
ミシェルは頭を抱えています。ミシェルとアンリのやり取りはいつものことですが、私は苦笑しました。
その次の休みの日のことでした。部屋で本を読んでいた私のところへ兄がやって来ました。何だかニヤニヤしています。
「ローズ、お前にお客様だ」
「私に? ミシェルですか?」
「いや違う」
彼女以外に私を訪ねて来るなんて従兄弟くらいしか思いつきません。
「ではどなたですか?」
兄は未だにニヤニヤしています。
「まあ、居間に行って自分で会ってみろよ」
私は目をパチクリさせました。私はいつもの普段着の綿のドレス姿でした。そのまま兄と一緒に階下に向かいます。
居間の庭に面した窓の側に、その男性は私に背を向けて立っておいででした。細めですががっしりとしたその体型は魔術師の兄や文官の父とは明らかに違います。私はその方がどなたかすぐに分かりました。
「ローズを連れて来てやったぞ」
マキシムは兄のその言葉にゆっくりとこちらを向きました。私と目が合い、彼は口を開きます。
***ひとこと***
「蕾」の番外編『綺麗な薔薇には棘がある』などで活躍していたミシェルちゃんとアンリ君も健在です。この話でも彼らの存在は欠かせません。
さてローズの正体マキシムに破れたりです! どうして分かったのでしょうね。
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