第三戦 薔薇

 マキシムが私を屋敷に訪ねて来たということは、私が友人ナタニエルの妹だと気付いたということです。彼は苦笑いをしています。


「やっと正体が分かったよ……君も人が悪いね、ローズ・ソンルグレ嬢。俺が侍女と間違えた時にすぐに指摘してくれれば良かったのにさ」


「それも失礼に当たるかと思いましたし……」


 別にもうそんなに頻繁に会う人ではないでしょうし、ましてや私のことを覚えているとも思わなかった、とは口にしませんでした。こんな私でも彼の印象に少し残っていたことが嬉しかったのです。彼が私にどこで会ったのか、思い出してくれたことも。


「で、君は家ではいつもそんな地味な侍女のような格好なの?」


「え、はい。そうですね」


「いやまあね、俺も君の正体を考えるのも結構楽しめたからいいや。そう言えばナットの奴から、花の名前を冠した二人の妹が居るって聞いていたし」


「そうでございましたか。妹の名前はマルゲリットです」


 彼もマルゲリットに会ったら彼女の方がローズと名乗るに相応しいと思うに違いないでしょう……


「ねえローズ、君さ、髪も下ろしてもう少しお洒落なドレスを着たらいいのに」


「……」


 確かに私は彼がいつも一緒にいるような女の子たちのように着飾ってもいません。そもそも私には袖周りがすぐ墨で汚れてしまうドレスでは気になって勉強に集中出来ません。


 私が何も答えないでいるとマキシムは私に近付き、いきなり髪をまとめていたリボンをするするとほどいてしまいました。


「な、何をなさるのですか!?」


 辺りを見回してもそこに先程まで居た兄の姿は見えません。


 扉も開け放たれている居間ですが、この危険な香りのする男性と二人きりという状態です。しかも私は髪をほどかれ、益々無防備に感じられます。


「だってこの方がよっぽど可愛いしさ」


 彼はニヤニヤしながら私の茶色の髪に触れてきます。こんな馴れ馴れしいことを父以外の男性にされたことはありません。


「あの、私は外見を貴方の好みに合わせる義務なんて全くありませんよね?」


「ないよねえ」


「でしたら私のリボンを返していただけますか?」


「ヤダね」


「ヤダって……私に所有権がある物ですけれど、結構ですわ。失礼いたしますね」


「ぶはっ、君ってナットの言った通りだね。まあそんなこと言わずにさ、少しお喋りでもしない?」


「いいえ。私は貴方とお話するようなことありませんから」


 私はムッとしたのも隠さず、そのままきびすを返して居間を後にしました。


「ちぇっ、可愛くねぇの……」


 彼のつぶやきが聞こえてきました。私が可愛くないことくらい私自身が一番良く分かっています。




 それから私はマキシムに学院で顔を合わせる度にちょっかいを出され、その度に私は言い返したり憎まれ口を叩いたりを繰り返すようになりました。


「やあ、愛しのローズちゃん」


「……こんにちは。マキシムさん」


「固いなぁ。こういう時はさ、目をハートにしてマキシムさま今日も素敵ですわ、くらい言ってよ」


「マキシムサマァー、ステキー♡」


「思いっきり棒読みじゃねぇか……もう少し肩の力抜いたら? 俺のローズちゃん」


「いつから私、貴方さまの所有物になったのですか?」


「まあまあ、細かいことは気にすんなって」


 気になるものは気になるのです。こんな冴えないガリ勉の私がマキシムにちょっかいを出されていることで学院で周囲の注目を集めるという事態は避けたいのです。


 私は彼と違って目立たず平和な学院生活を送りたいのですから。まあそれでも彼の卒業まで数か月もありませんから、もう少しの我慢でした。


「それでは私なんかより細かいことを気にしない方と楽しく会話なさったらいかがですか?」


「分かったよ。鉄壁の守りだな、ソンルグレ女史は」


 学院ではこんな感じで主に食堂でマキシムに声を掛けられていた私でした。ですのでより頻繁に秘密基地でゆっくりと一人で昼休みを過ごすことが多くなっていました。




 ところが私が学院裏に出る時に限って何故か女の子とイチャイチャしているマキシムに出くわすのです。そして目が合ってしまうのです。流石に彼も逢引きの最中に私に声は掛けてきませんが、もっとその彼女に集中すればいいのにと思わずにはいられません。私は慌てて目をらしてその場を立ち去ります。


「あーあ、私もお兄さまみたいに瞬間移動が出来たらいいのに……」


「何だよ、ローズ。まあ魔法が使えたら確かに便利ではあるけどな。それでも魔術師だって楽なだけじゃないぜ。うちの母は過剰な魔力で結構体に負担がかかることもあるらしいしよ。ナタンだってそうだろ?」


「そうね、アンリ。ちょっと言ってみただけよ」


 秘密基地は従兄弟たちと共用しています。他の人は知りません。今のところ貴族学院に在籍している私と妹のマルゲリット、従兄弟たちが使っています。きっと私が一番良く来ていると思います。


 アンリはマキシムと同じ騎士科で、盲目的にマキシムのことを信奉しているので時々彼の語りが私の耳に障るのです。


「ローズ、またガニョン様と話してたな! 恰好いいよな、彼って。お前がうらやましいぜ」


 そんなに言うのだったら私と代わって欲しいくらいです。


「何言っているのよ、アンリ。私と彼が会話していたのではなくてね、彼が一方的に話しかけてきただけよ。いつもそうなのだから。彼にとってはただの挨拶代わりみたいなものよ」


「ガニョン様ってな、この間の練習試合で初戦からずっと負け知らずだったんだぜ! しかも息も切らさずに余裕で勝ち残って……ああ、俺もお手合わせしてもらいてぇー……彼に突いて突いて突きまくられて、あの逞しいお体にねじ伏せられて……俺もう何度でも昇天しちまいそうだ……」


 人の話を全く聞いていません。目が完全にイってしまって一人盛り上がっています。ここにツッコミ役のミシェルが居たらこんな彼の戯言たわごとは即中断させることでしょうが、私はどうも苦手で、アンリの暴走は止まりません。


「今度俺も食堂でお前と昼飯食うことにするぜ! 俺もガニョン様とお話しできる機会に恵まれるかもしれねぇしな!」


 アンリは憎めない性格なのですが、とにかくテンションが高くてうるさいのです。


「そうね……貴方とマキシムなら共通の話題もたくさんあるでしょうね……」


「おう! お、俺もお前みたいにマキシム様って名前で呼んでもいいかな?」


 目をキラキラさせながら私に聞かないでもらいたいです。


「別にいいのじゃない」




 そしてアンリにつきまとわれることが多くなり、そうしたら何故かミシェルまで私たちと一緒に行動するようになりました。


 この二人が一緒になると騒音も二倍どころか四倍くらいになるのです。ある日食堂で三人で居るところにマキシムに話しかけられた後はそれはもう大変でした。


「よお、いつも孤独なローズちゃんに珍しく連れがいるじゃねえか。彼氏と友達? もしかして三角関係?」


 隣のアンリがどんな顔をしているか、見なくても分かります。よだれでも垂らしているに違いありません。テーブルの下で私を肘でつついてきます。紹介しろと言うことでしょう。


「マキシムさん、こんにちは。二人共ただの友人ですわ。アンリ・ルクレールにミシェル・サヴァンです。私も少ないですけれど友人もいるのです」


「は、初めまして、マ……ガニョン様っ!」


 椅子を倒しそうな勢いで立ち上がり挨拶をするアンリに対して、ミシェルは軽く会釈をしただけでした。その後彼女がアンリに向けた呆れ顔は傑作でした。


「おう。ローズちゃんが勉強でも教えてあげてるの? まあ二人共仲良くしてやってよ、この子と。じゃあね」


 マキシムは爽やかな笑顔を見せて去って行きました。あとには私と冷めた目のミシェル、それと興奮冷めやらぬアンリが残されました。




***ひとこと***

何故かマキシムの目に留まってしまったローズちゃんに、それがうらやましくてしょうがないアンリ君でした。

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