第四戦 口喧嘩
― 王国歴1046年初夏―1048年
― サンレオナール王都
マキシムが去った後のミシェルとアンリのやり取りと言ったらとにかく凄かったです。
「お、俺、マキシム様に挨拶を返してもらった! ああ、やっぱり超カッコいいよな! しかもローズの彼氏と間違われたぞ! 彼に嫉妬されたかも、俺?」
「図に乗るんじゃないわよ、馬鹿アンリ! 何なのよ、あの人ってとことん失礼ね! 三角関係って何よ! 私とローズがアンリを取り合っているって言いたいわけ? ないわー!」
「落ち着いてよ、アンリ。ミシェルも……」
「これが落ち着いていられるかぁ! 俺、頑張って近衛騎士として王宮に就職すっからな! ああ、マキシム様ぁ、とことん俺をしごいて下さいー! 毎日でも毎夜でも!」
「はっ、聞く人によっては大いに誤解されるわよね! あまり大声で
そう言うミシェルの高い声の方が響くと私は思うのです。
「誤解じゃねぇよ、本当だ! 俺、マキシム様になら抱かれてもいいんだ……処女も、童貞だって彼に捧……」
「ちょ、ちょっとアンリ! お願いよ、もう少し静かに話して?」
お茶を飲んでいたら噴き出していたところでした。慌てて彼の言葉を
「ていうか、口閉じなさいよ、バカァ! こんな奴ほっときましょうよ、ローズ! 行きましょう!」
「待てよ、聞いてくれよ!」
「これ以上聞くことなんてないわよ!」
私の平和で穏やかな学院生活はどこに行ってしまったのでしょうか。
そうこうしているうちに季節は移っていきました。マキシムは学院卒業前に二か月間、国境警備隊に研修に行くことになりました。彼は王国西端の街ペンクールに派遣されました。
これでもう学院で彼と顔を合わせることもなくなり、少し寂しく思ってしまう自分が居たことは認めます。
そしてマキシムは遠征を終えて王都に帰ってきて学院卒業後、王宮に騎士として就職したのでした。そうすると彼は兄を訪ねて屋敷に度々来るようになりました。その度に何故か私も顔を出して挨拶するように兄に言われ、マキシムが貴族学院在学中の頃より私たちは頻繁に顔を合わせるようになりました。
いつもマキシムは私のドレスが地味だとか、勉強ばかりするなとか、一言多いのです。その頃には私も彼のことをマキシムさんではなく、時々は兄のようにマックスと愛称で呼ぶようになっていました。
「よお、巨大なドブネズミかと思ったらローズじゃねぇか」
私の灰色のドレスを指してそう言うのです。
「あら、この巨大ドブネズミに小指を
「おお、怖い怖い。冗談だってば。どんな粗末なドレスを召されていてもローズ嬢の内面から
「……マックス、貴方ねえ、心にもない出まかせをいかに信憑性を持たせておっしゃる、それも才能ね……」
「ひでぇなあ、本気でそう思ったから言っただけなのによ」
「いかにも興味がありますという思わせぶりな態度を取るから女性が貴方に恋に落ちるのよね。
「何だよ、可愛くねぇな! 素直に頬を赤らめて『嬉しい! マキシムさまぁ♡』って言ってればいいのによ!」
「ウレシイ、マキシムサマー♡」
「相変わらず思いっきし棒読みだし」
王宮に騎士として就職した彼ですが、まだ若手で独身だということで頻繁に遠征していました。国境警備隊では人手が足りないようでした。
二、三か月西端の街ペンクールに滞在しては数週間ほど王都に帰って来るということを繰り返していました。そして彼は王都に居る時にはいつ実家に帰っているのかというくらい私の屋敷に顔を出しに来ていました。
「よお、ローズ。お前俺がいつ来ても自分の部屋に
「ご心配なく、私には私なりの人生設計があるのですから。快楽ばかり追い求める主義のマキシムさんにはお分かりにならないかもしれませんけれど」
「へえ、生涯独身で処女のまま何の悦びも知ることなく一生を終えるっていう将来設計?」
痛いところをつかれました。彼の言うことも一理あります。私だって一応女の子ですから、恋愛もしてみたいというのは本当です。愛する男性と結婚して温かい家庭を築くことにも憧れます。
いくつになってもラブラブな両親を見て育っていますから、そう思うのが普通です。でもそれをマキシムに知られたくなくて眉をしかめます。
「マックス、そう言う貴方は嫉妬に駆られた女に刺されて生涯を閉じるのね、きっと!」
「冗談キツいなあ。ちょっと俺がセクハラ発言したからってさ、そんなカリカリすることねえだろーが。女の子達だってその辺は割り切って、合意の上で楽しんでいるんだから。まあお前みたいな女には理解できないだろうけど」
私は理解出来ないのではなくて、そんな女の一人になりたくないだけなのです。しかし、それをマキシムに説明する必要はありません。
「これは大変失礼致しましたわ、マキシム・ガニョンさま。別に貴方さまの生き方を
そこで母が居間に入ってきました。
「まあ、貴方たちは何をそんな楽しそうに話しているの? マキシムさん、良かったら夕食を私たちと一緒に召し上がって下さい」
これのどこが楽しそうなのでしょうか。
「これはこれは侯爵夫人、折角ですが今日のところはこれで失礼致します。これ以上居るとローズさんに引っ掻かれそうですので……」
「まあ、うふふ」
私はいつもムキになってしまって気の利いた会話も出来ず、マキシムには憎まれ口を叩くのが関の山です。
時々マキシムに言い過ぎて後で自己嫌悪に陥ることもあるのです。彼に可愛くて素直な子とまでは思われなくてもいいけれど、本当は嫌われたくないのです。でも彼の顔を見るとどうしてもきつい言葉しか出てきません。
「ああ、私ってひねくれ者よね……」
「お嬢さま、またガニョンさまとやり合われたのですか?」
「モード、貴女には何でもお見通しね……」
「もちろんでございます」
一人で部屋で落ち込んで、侍女のモードに慰められる私です。モードは私が生まれる前から屋敷に勤めています。ですから私たち家族とはとても長い付き合いなのです。
モードは今の私と同じくらいの歳だった頃からある貴族のお屋敷で働いていて、その時に父にとても世話になり、それ以降忠実に父に仕えるようになったのです。
母が最初に結婚したラングロワ侯爵の屋敷へも父によって送り込まれていたそうなのです。そこで事件に巻き込まれそうになった兄ナタニエルのことを救ったというお手柄を立てた話は最近になって教えてもらいました。
彼女は私たち家族にとってかけがえのない存在です。私は時々両親にも兄妹にも言えないことをモードに相談し、彼女もある意味では家族より私のことを知っているとも言えます。
「マキシムと言い合った後はいつも後悔するのに……次に会うとまた同じことの繰り返し……」
「ガニョンさまもお嬢さま相手に少々大人気ない気も致しますが……それでも彼もお嬢さまだけではないのですか? そうポンポンと気軽に何でも本音で話し合えるのは。彼も楽しんでいらっしゃいますよ、きっと」
「モード、ありがとう。いつも私を慰めてくれて……」
「慰めではございませんよ、お嬢さま」
「少し浮上したわ……貴女のお陰よ」
***ひとこと***
シリーズ本編「奥様」と「蕾」に登場していた侍女のモード、今もアントワーヌに仕えています。当時は十代半ばだった彼女、今はローズのお姉さん的存在です。
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