進展

第十一戦 誤解

 舞踏会の行われる王宮本宮には貴族の馬車が続々と到着していました。私たちも馬車を降り、大広間への階段を上ります。そこは沢山の招待客で溢れていました。


 私は侯爵令嬢だというのにこんな華やかな場所に出るのは初めてでした。結婚式の後の晩餐会でもここまでの大人数にはなりません。


 両親と妹も一緒に、まず王家の皆さまにご挨拶をします。私の伯母さまにあたる王妃さまの居室へは小さい頃に良く母に連れられて行っていました。エティエン王太子やマデレーヌ姫、トーマ第二王子とは一緒に遊んで育った仲です。


 挨拶の後は私とマルゲリットが一曲ずつ父と踊りました。母は父と踊った後は王妃さまとお喋りするそうです。マルゲリットも母と一緒に居ると言います。


 次に私はティエリーさんと一曲踊りました。彼の優しいリードのお陰で私もダンスが上手になったような錯覚に陥ります。ティエリーさんはそっと私の手を握り、もう片方の手を腰に当ててゆっくりと導いて下さいます。


 一息つき、二人で広間の端に移動していたところ、私が今日この大広間に着いてから常に視界の隅で探していた人物が正面から近付いてきました。彼は紺色の礼服姿でした。


 思わず私のティエリーさんの肘に添えた手が強張ります。マキシムの表情は読めませんでした。私が結局ティエリーさんとこの場に居ることが気に入らないのでしょうか。


「ほらローズ、君の守護騎士様が早速やって来たよ。さて、彼に君のことを託すとするかな……」


「え? 託す?」


 ティエリーさんを横から見上げると面白がっているようです。父にしてもそうでした、マキシムのことを守護騎士などと呼ぶのです。


「ローズ・ソンルグレ嬢、今日は貴女を同伴するという栄誉ある役を賜り光栄でした」


 ティエリーさんは私の片手を取り、深々と頭を下げて私の手の甲に軽く口付けを落としました。


「え、いえそんな……私の方こそ」


「そういう事だ、ローズ踊るぞ」


 マキシムにガシッと腕を掴まれて私は広間の真ん中へ引きずられて行かれます。


「ちょ、ちょっとマキシムさん?」


 未だにティエリーさんは面白がってニヤニヤしています。


「ローズ嬢を独占してもいいけれど、帰りはソンルグレ家の馬車でご家族と一緒に帰宅させるとお父上に約束しているからな、マックス」


 マキシムは振り向きもせず、空いている方の手を上げてティエリーさんに了解の意を告げています。


「じゃあね、ローズ」


「え、ティエリーさん? い、痛いわよ、マックス! そんなに強く握られると」


「ああすまん……つい」


 これはマキシムにダンスに誘われたということなのでしょうか?


「それに『ローズ踊るぞぉ』っていきなり広間の真ん中に連れ出すことはないでしょう?」


 その言葉にマキシムは足を止め、私の正面を向きなんと片膝を床につけて私を見上げました。


「ローズ・ソンルグレ嬢、私と一曲踊って下さいますか?」


 いきなりマキシムがかしこまってダンスを申し込むので私は一瞬固まってしまいました。彼が自分のことを私だなんて呼ぶのは初めて聞きました。


 彼はふざけているわけでもありません。真面目な顔で私を見つめています。結局私はそっと彼の差し出した手を取り、ダンスを受け入れます。


「あ、はい……光栄ですわ」


「じゃあ行くぞ」


 私は彼にギュッと強く手を握られ腰もしっかり引き寄せられ、私たちは踊り出します。マキシムの強引なリードで踊るのは二人の動きが合わずに結構大変でした。私が彼の向う脛を蹴ったり、彼に無理やりターンさせられたりする度にクスクス笑い合ってそれはそれで楽しいものでした。


「以前からお前が運動音痴だとは知っていたけどさ、ここまでだとはなぁ」


「悪かったわね……この分野の才能は全て妹に持って行かれたのよ」


 ホールドもリードも荒々しいマキシムでしたが、私に向ける眼差しは柔らかく、私はとろけてしまいそうでした。それに加え華やかな舞踏会の雰囲気に、いつもと違って紳士的な態度のマキシムに酔ってしまいました。普段のように憎まれ口を叩く彼でも充分恰好いいと思うのに……今日の彼は、五割増しです。


(こんなの反則だわ……)


 二、三曲踊ってもう私の足が限界に来ていたのでバルコニーで休むことにしました。バルコニーに出てベンチに私たちが座ろうとした時に、マキシムの友人が数人通り掛かりました。


「よぉ、マックス! あっちの小広間の隅で集まってカードゲーム始めてるぞ……お前も来いよ、って取り込み中だったか」


「悪い悪い」


「ハハハッ」


 それでもマキシムは私を座らせて彼らに尋ねます。


「面子は誰が居るんだ? まあ俺も挨拶だけしに行くかな……」


 そして彼は私に告げました。


「悪いローズ、すぐ戻ってくるから待ってろよ。そこの小広間だからさ」


「どうぞごゆっくり。私は飲み物でももらってここで休んでいるわ」


 そして彼は友人たちと去っていきました。私は広間に戻って給仕を見つけ、シャンパンと蒸留酒を頼みます。飲み物を持ってバルコニーに戻ろうとしたところ、小広間への入口にマキシムの後姿が見えました。


 扉はなく、仕切りのカーテンも開いています。その後姿に近づくと、彼と数人の男性の話し声が聞こえてきました。


「さっき一緒に踊っていたの、あのソンルグレ女史だろ?」


うらやましい限りだぜ、お前に落とせない女は居ねぇよな、全く」


「まあな」


「世の中不公平だよなぁ」


「あの本の虫のソンルグレ女史だって目がハートになってお前にメロメロだなんてさ……ほらよ、お前の勝ちだぜ」


「おい、これだけか? 金貨一枚って言っただろーが!」


「今、銀貨しか手持ちがなくって、とりあえず借りってことで」


 チャリンと硬貨の音がしていました。


「お前らも悪趣味だよな、人を賭けの対象にすんじゃねぇ」


「マキシムさんよ、モテない俺達だって楽しみが必要なんだよ」


 私はそこできびすを返してバルコニーに戻りました。ですから彼らの会話の続きは聞いていませんでした。



***



「でもさぁ、本当はお前彼女のこと好きなんだろ?」


「浮名を流してばかりだけどさぁ、見てて分かんだよ。いつまでもフラフラモタモタしていると他の男に持って行かれるぞ、マックス。例えばお前の兄貴とかにな」


「そんなこと百も承知だ、余計なお世話だっつーの!」


 こんな続きがあったという事はそれから随分と経った後にマキシムが教えてくれたのです。しかし、その時の私は彼らが私の反応を面白可笑しく観察していたと思い込んでいました。




***ひとこと***

マキシムはティエリーさんから無事にローズを奪還しました。しかし更なる試練が……ローズが友人たちのおふざけを聞いてしまいましたよ。

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