帰結
第二十四戦 直感
その日の仕事を終える頃、別の部署で働いている従兄のギヨームが私を迎えに来てくれました。彼のお屋敷ルクレール家に夕食に招待されているのです。
「ローズ、お疲れ様。今日はうちの両親とアントワーヌ叔父様に君を机から無理矢理引っぺがしてでも連れて来るように言われていてね」
「何よ、それ。私だってそのくらい分かっています。今から直接伯父さまのお屋敷に向かうところよ」
「良かった。君の馬車に乗り込んでいざとなったら自分で
「まあ! ギヨーム、貴方馬車が御せるの?」
「ううん、出来ない」
「うふふ……」
「アンリは早出だったからもう帰宅しているよ」
そして私はギヨームと一緒にルクレール家に着きました。
今晩は私たち一家に加え、テオドール叔父さま一家も呼ばれていたとは知りませんでした。テオドール叔父さまとはアナ伯母さまの弟です。今晩は大人数で賑やかになりそうです。
私がお屋敷の正面玄関に入るなり、アンリが出てきて聞かれました。
「よぉ、ローズ! 俺の麗しのマキシム様がお留守だからって体調崩したって本当か?」
「少しだけね、でも大丈夫よ」
「お前が元気なくてそんな様子だったらマキシム様も安心して任務遂行できねえだろーが! 彼に余計な心配かけるんじゃねぇよ!」
彼らしいです。そこでふと、私は彼とミシェルの会話を思い出しました。
『暑い時期は特にさ、稽古場で俺達シャツを脱いで上半身裸になるんだよな。お目当ての騎士が脱ぐ度にわんさと集まっている女どもが奇声を上げて異様な雰囲気になんだよ』
『で、アンタもそんな女どもに紛れて男の裸見て興奮してるってわけね……』
『人聞きの悪いこと言うな、俺が
『この会話の展開、既に読めていたわ……はぁー』
『大体俺、マキシム様一筋だしぃー、彼以外の男の裸なんて見たくもねえよ、鼻血も涎も引っ込むぜ』
『私、ノーコメントでいいかしら……』
「うふふ……そうだったわね」
私は急に笑いが止まらなくなりました。
「な、いきなり何だよローズ」
「アンリ、貴方の顔を見てあることを思い出したわ、ありがとう!」
私は思わず彼をギュッと抱きしめます。
「あ、ああ?」
「私少し元気になったみたい! 大好きよ、アンリ!」
「何だか複雑な心境だぜ……」
アンリは不思議そうな顔をしています。
私は騎士団の稽古を見に行ったことはありません。
でもアンリの言うように稽古の見学に訪れるファンはマキシムがシャツを脱いだ姿もきっと目にしているのです。恋人でなくても、不倫相手でなくても彼の胸の下に傷があることを把握している人は多いのでしょう。
でも本当に重要なのは傷の有無や位置ではありません。私がマキシムのことを信じているかどうかです。
その後、私の大好きな家族や親戚に囲まれて楽しいひとときを過ごせました。
「ローズのそんな笑顔が久しぶりに見られて良かったわ」
「君の旦那様が遠征して以来何かに取り憑かれたようになっていたからねぇ」
「ご心配ばかり掛けて申し訳ありません」
食事の後、両親は伯父や伯母と歓談していて、従兄弟たちはゲームに興じていました。私がお手洗いから居間に戻ろうとした時にそれとなくテオドール叔父さまに話しかけられました。
「最近体調を崩しているって聞いていたから医者としても心配していたのだよ、ローズ」
そして応接室に入って二人で座りました。
アナ伯母さまの弟である叔父さまは私たちソンルグレ一家とは血の繋がりはありませんが、親しく親戚付き合いをしています。叔父さまは王宮の医療塔に勤める医師なのです。
「体の調子だけでなくて、何か心配事もあるのではない? もちろん旦那様が国境付近に遠征とあっては心配でしょうがないのは分かるよ。いくら今は平和な世の中だと言ってもね」
「叔父さまは私の話を聞くように両親に頼まれたのですか?」
「鋭いね。それに姉や義兄にもね。君がいつも大丈夫としか言わないから、皆気になっているのだよ。僕だったら、医者だし家族ほど近くなくてほどほどの距離感があるから聞き役には適任者だと思われたのかもね。まあ男の僕には色々言い難いこともあるかもしれないけれど」
「そうだったのですか……」
「医師として聞くからには守秘義務があるから誰にも言わないよ。何でもいいから聞くよ」
「それなら……」
私は先日職場であったことをかいつまんで話しました。それに先程アンリの顔をみて気付いたことで元気を取り戻せたことまで言いました。テオドール叔父さまが優しい笑顔で頷いたり相槌を打ったりするので思わず何もかも吐き出してしまいました。
「僕は意見を挟まないよ。でも僕に話しただけで気が楽になったのではないかな? 旦那様が帰ってきたら夫婦で良く話し合ってごらん。君が少しでも不安を抱えているという状態が良くないのだから」
「事の真偽がどうであれ、私今までマキシムのことをあまり信用していませんでした。彼の態度や言葉は本当のものだって分かっているのに」
「確かに彼もちょっと子供っぽいところがあるよね」
「叔父さま、主人のことをそこまでご存知なのですか?」
「いや、アントワーヌさんや姉や義兄にアンリまでよく話して聞かせてくれるから、彼と君のこと」
「まあ……とにかく叔父さまに話せて良かったですわ。すっきりしました」
「ところでローズ、いきなりこんなこと聞いてごめんね。でも妊娠の可能性は考えられない?」
「え? あ……」
私は顔が赤くなりました。叔父さまですが、今はお医者さまとしての質問だと気付きました。
「そう言えば……もう二か月近く……最近体調が悪いのも、ええきっとそうですわ。私とマキシムの子……本当だったら嬉しい……」
私は泣くつもりなど全然なかったのに、自然に涙がはらはらと
「申し訳ありません、叔父さま」
「僕に遠慮することないよ、時々は涙を流すことも良いことだから」
「叔父さま、ありがとうございます。でも、益々主人に会いたくなってしまったわ……」
「思いを文に書いたらどう? 正直に早く会いたいってね」
「主人は私に休みを取ってペンクールに来いって提案してくれているのです」
「もし妊娠していたら初期に長い馬車旅は絶対禁止だ。特に今は気候も良くない」
「そうですね」
「あと数週間しないと妊娠の有無は確認できないだろうね。体調が優れないのならいつでも医療塔においで。無理して仕事ばかりしているとアントワーヌ・ソンルグレ副宰相が僕を直接本宮に呼んで君に絶対安静の診断書を書かせるかもしれないよ」
「うふふ、何ですかそれは。職権乱用の上に倫理規定違反の強制ですわ」
「ははは、司法院の高級文官の君にはお父上でも敵わないね」
「叔父さま、本当にありがとうございました」
「小さかったローズがもうこんな立派な淑女だとは感慨深いね」
テオドール叔父さまはまだ妊娠は確定できないとおっしゃいました。けれど私は母親としての勘で確信していました。私のお腹の中で愛するマキシムの子が育っていることを。
***ひとこと***
ローズはマキシムの子を宿していると強く感じています。母は強しです、頑張れローズ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます