番外編

延長戦 兄(一)

― 王国歴1041年 春


― サンレオナール王都貴族学院




 僕ナタニエル・ソンルグレには一つ年下の親友が居る。彼マキシム・ガニョンと出会った時、僕は貴族学院の三回生だった。


 僕の生い立ちは少々複雑で、そのせいで初等科の高学年くらいから周りの子供たちに色々言われるようになっていた。牢獄で亡くなった実の父親のせいで罪人の子、泥棒、薬物中毒だとか呼ばれていた。


 貴族学院に上がり魔術科に入った頃にはもっと口さがない嫌味や悪口を言われるようになった。僕達家族の事情も知らないくせに、罪人の実父だけでなく、継父に母、ソンルグレの祖父母のことまであることないこと並べ立てられていた。不倫の子、成り上がりの継父、侯爵に取り入る男爵家の次男などと、例を挙げるときりがない。


 十代半ばで落ち着くまでの反抗期にはかなり荒れていた僕だった。しかし僕には優しい家族や従兄弟たちを始め、良い友人など味方も多かった。マキシムもその一人である。




 マキシムに出会った頃には僕も少しはいじめっ子達に対して怒りを制御できるようになっていた。悪口を面と向かって言われても、手を出す代わりに魔術で黒雲や風を起こして脅すだけに留めていた。


 その日は少々手の込んだいじめに遭った僕だった。放課後に帰宅しようと教室から出たところ女の子が僕に手紙を持ってきた。良くは覚えていないが、以前彼女に告白されてやんわりと断ったことがあったかもしれない。なんとなく見覚えがあったからだ。


 その手紙には今から校舎の裏の大木のところに来て下さい、とあった。どう見ても女の子の字で、普通ならこれは告白されるのかなと期待するだろう。僕はいじめっ子達の策略だと簡単に見抜いた。


 それでものこのこと一人でその大木のところへ向かったのは、久しぶりに魔術を炸裂させてスッキリしたかったからである。


 案の定約束の場所には誰も居なかったが、僕は人の気配を感じていた。少なくとも三人はいるようだった。一人は大木の上で僕を待ち構えている。全くもって懲りない奴らだ。


 そして僕が木の下に入るとまず二人現れた。


「残念だったな、カワイ子ちゃんの告白じゃなくって」


「ああ、がっかりだよ」


 僕は鼻で笑った。


「それ今だ、やれ!」


 木の枝の上に居る奴に合図を送っている。今日は水の入った桶をひっくり返して僕をずぶ濡れにする作戦らしい。


「えっ?」


 僕は驚いたふりをしながら防御壁を自分の周りに築いた。バッシャーン、と大きな音がし、水かと思ったら何とご丁寧にも泥水だった。防御壁で跳ね返った泥水はいじめっ子三人にそのままかかり、彼らの方が泥まみれになっていた。


「ウゲッ、きったねぇ!」


「フン、サンレオナール王都貴族学院付近に泥水警報が出ていたとはなぁ……」


 三人が地団駄を踏む姿をほくそ笑みながら眺めていた僕の後ろから誰かが駆けつけてきた。


「ちょっと待ったぁ! 複数人でよってたかって一人をいじめるなんて男の風上にも置けねぇ! とカッコ良く登場したのはいいが、遅すぎたか……」


「何だ、お前!」


「いやあ、ご覧のようにただの通りすがりの者だけど、不穏な雰囲気を感じ取ったもんでね」


「やるのか?」


「取っ組み合いの喧嘩の気分だけどさぁ、泥まみれは勘弁してくれよ。これからデートだしー、俺」


「小僧、生意気なこと言ってんじゃねぇ!」


「あ、分かったぞ。お前って騎士科でやたら女の子に人気があって遊びまくってるって噂の……」


「俺って何気に有名人?」


「何だと? 益々気に食わねぇな!」


 何だか僕を置いてその彼といじめっ子達だけで盛り上がっている。こいつらがモテないのはこの正義感の強い彼のせいではないと思うのだが……そして一番体格の大きい奴が彼に飛びかかろうとした。


「ちょ、ちょっと」


 僕は慌てて通りすがりの彼と肩を組み、魔法で宙に浮かんでそのまま校舎の屋根を越えた。


「あわわわ……」


「逃げる気かー!」


 彼は僕につかまって驚き、地上でわめいているいじめっ子達は小さくなり、視界から消えて見えなくなった。




 僕達は学院で一番高い時計台の上に降り立った。


「助けに来てくれてありがとう。ナタニエル・ソンルグレ、三回生だ」


「マキシム・ガニョン、俺の方が一つ後輩だったのか……助けてもらったのは俺の方だ。危うく泥まみれになるところだったぜ。喧嘩は負ける気はしなかったけどさ」


「マキシム、そう言えば君これからデートなのだよね、今地面に下ろすからつかまってよ」


「いや、デートは出まかせだ。別に急いでもない」


「あ、そう……ところで君はどうしてあんなところに居たの? 普通だったら通らないよね」


「まあな、あそこで告られてた」


 彼の方は本当にカワイ子ちゃんに呼び出されていたのだった。


「え? なのに一人で僕を助けに来てくれたの?」


「ああ、女がお友達から始めて下さぁい♡って言い出した時にお前があいつらと対峙しているのが目に入ったから、すわ一大事と駆け付けたわけだ」


「じゃあその告白してきた彼女は?」


「あ、やべぇ、そのまま返事もせずにその場に置いてきちまった」


「そんな、勿体もったいない……」


「まあ今回はご縁がなかったってことさ……友達からってなぁ、付き合うんだったら即友達以上のことするに決まってんだろ……わけ分からん」


 言っていることはやたらませているが、マキシムはまだ十三歳だった。


「……」


「それにあんま好みでもなかったんだよな。お前を助ける方が大事かと思ったし、女とイチャイチャするより喧嘩したい気分だったし。魔力があんだったら手助けは要らなかったな」


「いや、そんなことないよ。大抵の人は見て見ぬふりだし、ありがとう。嬉しかったよ」




番外編 兄(二)に続く




***ひとこと***

ナタニエル視点の番外編です。彼とマキシムの出会いでした。マキシムは学院に入学した当初から女の子にもてていたのですねー。

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