第七戦 変貌

 夏も近づき私はもうすぐ貴族学院を卒業します。秋からは王宮に高級文官として就職することが決まりました。配属先も希望通り、司法院です。


 マキシムもそろそろ遠征から帰ってくる頃でした。今回彼の居ない間に私も色々と考えました。


 普通貴族の令嬢なら十五くらいになればもう既に縁談が舞い込んで、婚約が決まることが多いのです。我が家の両親は子供達に特に何も押し付けず、好きなことをさせてくれています。


 今までは舞踏会など行きたいとも思いませんでした。縁談の話もあったのかもしれませんが、私も妹も両親からは今のところ何も言われていません。


 私は十八になり就職も決まり、この機会に少し自分を変えてみたいと思うようになりました。いつまで経ってもマキシムにいない歴が年齢と同じとか、生涯独身などと言われ続けるのもしゃくだったのです。


 ある夜、夕食の席で思い切って両親に聞いてみました。


「お父さま、お母さま、夏に王宮で開かれる舞踏会に行ってみたいのです。よろしいですか?」


 私の従兄、エティエン王太子の生誕祝いの舞踏会です。エティエン殿下のお母さまが母の姉にあたります。


「もちろん、ローズ姫が行きたいのならね。誰かエスコートしてくれる人がいるのかな? それともお目当ての男性でも?」


 父は悪戯っぽい笑みを見せてそんなことを聞いてきます。答えなど明白です。


「いいえ。もちろんそんな方、私にはいませんわ。でも、私も少しは令嬢らしいこともしたくって……だから舞踏会に……」


「良ければ僕がお姫様をエスコートする栄誉ある役を買って出てもいいけれども……こんなおじさんで良ければね」


 父にはウィンクまでされました。


「じゃあマルゴも行ってみない? 強制はしないけれど、二人の美しい娘を連れて舞踏会に行くというお父さまの夢を叶えて差し上げて?」


「……そうですね。お父さまと一緒なら……」


 妹のマルゲリットは全然乗り気ではありません。彼女もちょっと変わっていて、勉強ばかりしている私とは別の意味で貴族令嬢らしくないのです。


 見た目はとても可憐で可愛らしいのですが……お洒落にも興味がなくて、いつも男の子のような格好で野外を駆け回っているのです。剣や乗馬の腕はその辺の騎士科の男子学生にも負けていません。


「うちの妹は二人共遅咲きだね、全く」


「ナタンはどうする?」


「僕は遠慮しておきますよ」


「フロレンスはもちろん行くよね。僕は美しい花々に囲まれて幸せ者だ」


「まあ、アントワーヌったら。そうと決まったら私たちの娘にはドレスを仕立てないとね。楽しみだわ」




 その頃からです、父は何を思ったのか、時々職場の部下を屋敷に連れて来るようになりました。主に若い男性ばかりです。今まではそんなことはまずありませんでした。


 そして私も必ず彼らが訪れると紹介されました。私も文官としてもうすぐ王宮に勤めますから、彼らと話をすることはためになりました。


 その若手文官の中にはマキシムのお兄さまであるティエリー・ガニョンさんも含まれていました。ガニョン伯爵家の長男の彼は私より七つ年上で、マキシムと顔も良く似ています。でも性格は全然違います。


 ティエリーさんは物腰も柔らかで言葉遣いも丁寧な紳士なのです。マキシムと比べるのが彼に失礼なくらい兄弟正反対です。彼は私の気に障るようなことは一切言いません。無礼な誰かさんとは大違いで大人の男性です。


 ティエリーさんと話すのは純粋に楽しいのですが、会う度にマキシムのことを思い出してしまいます。顔が似ているのでしょうがありません。マキシムは西端の街で元気にしているのでしょうか、といつも聞きたくてしょうがなくなります。


 他に父が連れて来る文官の方々で私が良く話をするのは従兄のギヨームです。彼は二年前から文官として王宮に勤めています。アンリの二つ上のお兄さまですが、見た目も性格もお母さまであるアナ伯母さま似なので物静かで真面目な性格です。


『アンリみたいながさつで猪突猛進な男は遠慮したいわ! でもギヨームはね、真面目過ぎる上にいまいち押しが弱いのよね……だから二人とも私の基準には全然満たないの! 男はやっぱり誠実で包容力があって、いざという時にはカッコよく決める人じゃなきゃイヤよ』


 ミシェルは二人について事あるごとにそう言います。彼女の言いたいことはいつも正論で良く分かります。彼女にかかればどんな男性もバッサリ切り落されるというのが正しいと言った方が良いでしょうか。


 ギヨームは自分の性格を実は気にしているようなのです。ミシェルの言うことなど話半分に聞いていればいいのに、ギヨームにはギヨームの良さがあるのですから。とにかく私は彼とは年も近く、新人の文官としての心得などを色々教えてもらっています。


 そういうことで父の部下の方々で私が特に良く話すのはティエリーさんとギヨームでした。別に私は彼らに特別な感情を抱いているわけでもありません。共通の話題も多いし、何と言っても彼らは私の気持ちを逆なでするようなことは決して言いません。




 そんなある夕方のことでした。居間で父と部下の文官の方達がお話しされていました。


 私も同席していましたが、彼らは難しい仕事の話を始めていたので、口を挟まず聞くだけにしていました。そこでティエリーさんがさりげなく私を庭に誘い出して下さったのです。


「そうですね、まだ明るいですし、外の方が気持ち良いですものね」


「君も一緒に来ないか、ギヨーム?」


「よろしいのですか、ティエリーさん。お邪魔でなければ」


「もちろんだよ、ギヨーム」


 そして庭に三人で出ることになりました。居間のテラスの階段でティエリーさんが差し出してくれた手を取ります。そして私は彼の肘に手を添えて庭に降りました。ギヨームも隣に居ます。


 その時に我が家に一台の馬車が到着しました。庭の私たちから、降りてきた人物が見えます。屋敷の中へと招かれていた彼の目にも私たちの姿が映ったのでしょう。彼は屋敷に入らずこちらに向かって来ます。


 最初に口を開いたのはティエリーさんでした。


「やあ、弟よ。久しぶりだね、ペンクールから帰ってきたばかりなのかな? 両親には顔を見せたのかい?」


 マキシムは確かに旅装と言ってもいい格好でした。


「マキシムさん、王都にお戻りだったのね。お帰りなさい」




***ひとこと***

ティエリーさんにギヨーム君まで従えているローズを目撃したマキシムでした。これは一波乱起きそうですよ。

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