第二十七戦 和解

 ぶすっとした顔のマキシムが私の部屋に入ってきます。右脚の怪我はもう治っているのか、普通に歩いています。


「マキシム、私の隣に座って下さる?」


 彼は憮然とした様子で、それでも長椅子の私の隣に座りました。私は彼の眼を覗き込みながら言います。


「先程言ったことは本当よ。私、貴方に会いにペンクールに行きたくてしょうがなかったわ」


「だったら何で来なかったんだよ?」


 私が怪我を負った彼に会いに行かなかったから癇癪を起こしている、まるで子供です。


「マックス、貴方よりも大切なものなんて私にはないわよ。そんなにねないで、もう少し大人になってちょうだい。貴方もこの夏には父親になるのですからね」


「バカにすんなよ……誰が拗ねてなんか……ってかお前今何つった?」


「マキシム・ガニョン少佐、最近私にはね、貴方と同じくらい大事なものが出来たのよ。今は寒くて気候も良くないし、西端の地まで長旅をすると私と貴方の赤ちゃんを危険にさらすから……私は王都で貴方の帰りを待つしかなかったのよ」


「お前、子供って……ホ、ホントか? ローズ! でかしたぞ!」


 マキシムは怪我をしていない方の手で私の頬を優しく撫でてくれました。


「少し前からそうじゃないかと思っていたの。悪阻つわりが始まって体調が良くなかったから。ペンクールに行きたかったけれど、馬車に少し揺られるだけでも気分が悪くなっていたのよ。妊娠が確定したのはほんの数日前のことなのよ」


「俺が悪かった、大人気なかったな。お前が来てくれなかったからむしゃくしゃしていたんだ」


「でも私、そんな貴方も大好きなのよ」


「ローズ、どうしたんだ? いつになく素直じゃないか!」


「妊娠のせいね、きっと」


 マキシムはそれを聞いて笑い出します。


「貴方の遠征中、寂しくて不安だったわ。早く貴方に会って一番に直接報告したかったの」


「うん。俺も報告がある。もう遠征はお断りだと上司に直談判した。もうすぐ新人も入ってくるしな、ずっと王宮勤めにしてもらえることになった。お前はなあ、俺が居ないと仕事に根を詰め過ぎるからさ……」


「だからもう国境の街には行かないの?」


「俺自身も寂しいから」


「うふふ、正直でよろしい、マキシム・ガニョン」


「それに俺達の子供の誕生と成長も見守りたい」


「ええ、私も貴方がずっと王都に居られるようになって嬉しいわ」


「正直でよろしい、ローズ・ガニョン」


 彼の左腕で優しく抱きしめられ、口付けられます。マキシムのこの温もりに、この手に唇に彼の全てに私はどうしようもなく飢えていました。お互い求め合っていると感じ、体がもっと密着します。


「あっ、つぅ……」


 マキシムが顔をしかめました。


「マキシム、腕大丈夫? 怪我に障るわ」


「少々なら構わねぇよ。お前の方はどうなんだ? 悪阻つわりで気分が悪くてその気になれないのか? 俺が欲しくないのか?」


「……欲しくてたまらないわ。貴方の顔を見たら悪阻はどこかに吹き飛んでしまったみたいよ」


 そのまま二人寝台に倒れこみ、お互いの体を労わりながらも貪り合うように愛を交わしました。




***




 気付いたら夜もかなり更けていました。


「マックス、今何時かしら?」


「さあ」


「さあ、じゃないわよ。私たち、ずっと部屋にこもって夕食にも下りて行かずに……」


「俺達まだまだ新婚でしかも二か月間離れていたんだぜ、使用人だって分かってるさ」


「もうヤダァ、マックス!」


「でも流石に腹減ったなぁ、何か部屋で食えるもの取ってくるからお前は待ってろ……」


「い、いいわよ。私も行くから! ってマックス貴方そんなバスローブ引っかけただけで下に行かないでよ!」


「だって俺右手が使えねえから服着るのに時間かかってしょうがねぇし」


「もう! それに貴方左手だけじゃお盆も持ちにくいでしょう?」


「それもそうだなぁ、でもお前が服着たら脱がせるのが手間だ」


「どうして私がまた脱ぐのが前提なのよ!」


 そこで遠慮がちに扉を叩く音がしました。


「旦那さま、奥さま、よろしかったらお食事をこちらにお持ち致しますが」


 モードでした。何というでしょう。慌ててマキシムにそんな恰好で扉を開けるな、と言おうとしたのに私の方が遅かったみたいです。もう彼は扉を開けてモードと話しています。


 何もまとっていない私は慌てて掛け布団の中に隠れます。


「ああ、頼む。丁度腹減ってきたところだったんだよ。それから食事を運んだら風呂入れてくれるか? 悪いな、モード」


「こちらのお部屋のお風呂でよろしいですか、それとも?」


「こっちの風呂だけでいい」


かしこまりました」


 恥ずかしくて食事を運んでくるモードと目を合わせられそうにありません。私は急いでバスローブを羽織りました。


「マキシム、その腕でどうやってお風呂に入っているの? 濡らせないのでしょう?」


「ああ、これが結構大変なんだよな。左手だけじゃあ上手く洗えないし。でも今日はお前に全身隅から隅まで洗ってもらえる」


「はい? 私が?」


「お前以外誰に頼めんだよ。モードか? 執事か? 勘弁してくれよ。お前と二人一緒に入ってもいいけど、湯冷めしてお前に風邪を引かせるわけにはいかねぇしな」


「……」


 私の部屋で食事をした後は、マキシムの望み通り彼の身体をお風呂で洗ってあげました。


「妊婦をこき使うのもためらわれるけれどさ、お前そう恥ずかしがるなよ。あっ、そこもっと……」


「もうヤダァ、マックス!」


「いやあ極楽極楽。こうして奥様に奉仕してもらえるとはなぁ、たまには怪我してみるもんだな」


「そんなこと言って……罰が当たるわよ!」


 私の旦那さまは帰宅した時とはうって変わってご機嫌です。




 そしてお風呂上がりのマキシムに寝台に連れて行かれ、私たちは再び愛し合いました。この時点で私はもう翌日仕事を休もうと決めていました。この私が仕事をずる休みするというその考えに自然と行き当たっただなんて自分が信じられませんでした。


 寝台に二人気だるい体を密着させて横たわり、すぐに眠る気になれず夜遅くまで色々話をしました。




***ひとこと***

二人は無事仲直り出来ました。それにしてもモードは扉を叩くタイミングが絶妙です。

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