第二十八戦 家族

 私はマキシムの左側で彼に腕枕をされています。久しぶりに彼の温もりに包まれて幸せでした。


「俺、騎士になって良かったよ。文官や魔術師だったらさ、お前に惚れられなかったろうなぁ。お前の親父さんやナットの奴と何かにつけて比べられても……敵うわけねぇもんな」


「何よ、それ!」


「だってお前極度のファザコンでブラコンだろ?」


「それは、まあ……」


「なあお前、うちの兄貴のことどう思う?」


「ティエリーさん? 職場の先輩として、とても優秀な文官として尊敬しているわ」


「それでもな、将来王国史上最年少で副宰相まで上り詰めるとは思えねぇだろ」


「うーん、でも……」


「だろ、兄貴はお前の親父さんのようなスーパー文官じゃねえってことだ。お前の目にはその他大勢のザコ文官にしか映らないよな?」


「雑魚って酷い言いようね……じゃあ貴方は騎士だから、ジェレミー伯父と比べてしまうわ」


「ルクレール大佐なら比べられてもいいよ……俺、剣の腕は彼に敵わないかもしれねぇけど、大佐ほど鬱陶うっとうしくてウザくないし、俺の方がよっぽどまともで常識人でイイ男だろ? それにさ、血は争えないって本当だよなぁ。あのアンリって言う小僧、また父親とは違った強烈さって言うか……」


「それはそうだけど、って貴方思いっきり失礼ね! 今度伯父と伯母に言いつけるから!」


「本当のことだろ。大佐は部下には威張り散らしている割に奥さんにベッタリで頭が上がらないらしいよ。執務室には彼女のドデカい肖像画まで飾ってあんだぜ。その肖像画を外そうもんなら家庭崩壊の危機が訪れるっていう噂だ。しかもあの夫婦さ、『アナたん♡』『ジェレたん♡』って呼び合ってるってよ」


「知っているわよ。父は伯父夫婦と顔を合わせる度にその事からかっているのだもの」


 私は笑いが止まりませんでした。




「私、貴方に言わないといけないことがあるの。結婚前に両親に言われたのよ、夫婦にもよるけれど二人の間に隠し事はない方がいいって」


 一人で悶々としているよりも今ここではっきり言った方が良いと思いました。


「何があっても私は貴方のことを愛しているし、貴方に求婚されて貴方と結ばれて、子供まで授かって私は幸せ者だわ。それこそ周囲の雑音なんて気にならないくらいに……」


「お前誰かに何か言われたのか?」


 私はマキシムの口の前に人差し指を持っていきました。彼は口を挟まず聞いてくれています。


「貴方のことをあまり信じていなかったのよ、私。特に結婚前は。だってあれだけ浮名を流していたマキシム・ガニョンですもの。いつか貴方は浮気をするだろうって。でも私、そうして貴方のこと疑って神経をすり減らしても何の得にもならないことが分かったの」


「ローズ……」


「今は貴方のこと、信じているわ。貴方が私に見せる態度と私にささやく言葉が真実だということ」


 マキシムは思わず私を軽く抱き締めます。


「お前にそこまで不要な心配をさせていたのか、俺は?」


「特に貴方がペンクールに行ってしまった時は不安だったわ。以前貴方は言っていたわね。遠征は窮屈な王宮勤めと違って存分に羽が伸ばせるって。向こうにはよっぽど楽しいことがあるのでしょうね。恋人も一人二人居るのじゃないかっていつも思っていたわ」


「いや、だからそれは違う……昔言ったことは言葉の綾ってもんで……ローズ・ガニョン様、ち、誓って俺はやましいことなんてもうないから……心配かけて悪かった!」


 マキシムが慌てています。冷や汗までかいているかもしれません。


「私も一人で抱え込まずに夫婦でしっかり話し合うことが大事だって分かったの」


「なあお前、もしかして俺が義父上に誓わされたこと知らないのか?」


「誓わされた?」


「い、いや何でもない……」


「ちょっとマックス、何でもないことないでしょう? 隠し事、ダメ、絶対!」


「分かったよ、言うよ。実はな、お前に求婚する許可を義父上に求めた時に釘を刺されたんだよ。お前一人だけを愛して幸せにしないと……体のとある部位を切り落とすって脅された」


「まさか!」


「いつものあの穏やかな口調で軽く笑みも浮かべながらさ『チョン切るっていうのは冗談だよ、ハハハ』なんておっしゃったけどさ、目は全然笑ってなかったんだよ!」


「そんな物騒なことを言うの、うちの父じゃなくてジェレミー伯父じゃないの?」


「とにかくな、俺は義父上にそんなことを誓ってお前をめとった訳だから……でも本当は義父上に言われたからじゃねえよ、お前と結婚するって決めたからだ。俺は良い夫になる。それでも何も知らなかったお前がちゃんと俺のこと信じてくれているのが嬉しいかも」


「うふふ……」


「とにかく、余計な心配もうすんな! 体を大事にして元気な子を産むんだ。俺、子供は沢山欲しい」


「私も。三人兄妹だったけれど、もっといてもいいわよね……ふぁーあ」


「疲れたんだろ、そろそろ寝るか。お前明日も仕事だろ」


「いいの、明日は体調が悪いことにして休むことにするもん」


「あのローズ・ソンルグレ女史がずる休み? マジかよ! 天地がひっくり返るぞ」


「マックスったらぁ……」


 その辺りで私の意識は途切れました。




 翌朝、目が覚めた時にはマキシムは先に起きていました。出勤時間に遅れないように私を起こそうかどうか廊下で逡巡していたモードに、マキシムが私は今日欠勤すると告げた時の彼女の顔は傑作だったそうです。


「奥さまは旦那さまがお留守の時は、いくら体調が悪かろうが、私がどう申し上げても決してお休みにならなかったというのに……」


 最初はひどく驚いていた彼女ですがすぐに意味ありげな笑みを浮かべたとか……


「それでは後で朝食をお持ちしますね」




 その日の朝は二人でゆっくりして、午後にマキシムの両親を、夕方には私の両親を訪ねて彼の帰還と私の妊娠の報告をしました。私たち二人は皆に心配を掛けていたということを改めて認識しました。


「君が遠征中のローズ姫は見ていられなかったよ、全く。僕やフロレンスが体に気を付けろと言っても聞いているのだかいないのだか……」


「私たちも薄々ローズが身籠みごもったのではないかと思っていたのですよ。でも本人が何も言わないから」


「だからテオドールさんに一肌脱いでもらったんだ。家族以外のしかも名医が言うことなら頑固なローズ姫でも素直に聞くかと思ったしね」


 帰りの馬車の中でマキシムはボソッと言いました。


「実はさあ、出来れば怪我をして右手が使えない今の情けない状態で義父上にはお会いしたくなかったんだよ。不甲斐ない男だって思われているだろうなぁ」


「何言ってるのよ、マックス。父にとっては貴方ももう家族よ。父は親しい人の前でしか自分のこと僕とは言わないから。それに親バカ丸出しで私やマルゴのことを姫と呼ぶのは母に家族の間だけとキツーく言われているのよ」


「うん。少し前に気付いた。俺も一応家族の一員として認められているのかな」


「マックスったら。貴方が私に求婚しに来た時からもう父にはそう認められていたわよ」




 私たちはお互い昔から言い合ってばかりで、結婚してからもまだまだ未熟で、口喧嘩を頻繁にしています。それこそ周りからは犬も食わないと呆れられています。いつも言い合っていますがすぐに仲直りもするのです。二人共素直に謝って、相手の言い分も聞いて、夫として妻としてお互いを立てることも必要だと分かっているのです。夫婦の間の愛はいつも変わりません。




***ひとこと***

やっと二人しっかり話し合い、すれ違いも誤解もなくなりました。次回最終回です。

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