延長戦 家族会議
― 王国歴1051年 春
― サンレオナール王都 ソンルグレ侯爵家
ローズの実家、ソンルグレ侯爵家の庭の中ほどには小さい東屋がある。ローズとマキシムが来てみると、既にそこには人が居た。
「やあ、二人ともいらっしゃい」
「ここで何しているのですか、兄上?」
「それにお兄さまも」
「二人ともこっちに来て座りなよ」
ナタニエルとティエリーだった。マキシムはお腹の大きいローズの手を引いて彼女を彼らの向かいに座らせ、自分も妻の隣に座った。
「今日は完結記念の座談会を開催することになってね。進行は私、ティエリー・ガニョンが務めさせて頂きます」
「そしてもう一人の聞き手は僕、ナタニエル・ソンルグレでW兄ちゃんという配役になりました」
「何ですか、その座談会って」
「主人公の私たちが質問攻めに遭うのよ、マックス」
「はぁ?」
「最初はですね、君達の結婚式で付添人を務めたアンリ君とミシェルさんの凸凹コンビを聞き手にしようと作者も考えていたようなのですが、実はお二人からはそれぞれ辞退されてしまったそうです」
「分かるような気がするわ」
「アンリの奴、置手紙を残して居なくなったんだよ。『幸せカップルが目の前でイチャイチャベタベタしているところで、馴れ初めや、どう呼び合っているとか、どんなプレイがイイのか、そんなことを彼らから聞きださないといけないなんて……神はこの俺にどれだけの試練を与えれば気が済むのですか? 豆腐メンタルな俺には絶対無理です。旅に出ます、探さないでください』だって。でも旅と言うのは冗談で、実はアナ伯母様の実家のボルデュック家に二、三日転がり込んでいたとか……」
「ミシェルさんの方からも速攻断られたようです。『アンリのお守りはもうご免こうむりたいわ!』だそうです」
「あはは、ミシェルらしいわね」
「私達W兄ちゃんに白羽の矢が立ったのは、それぞれに君達の恋の進展に一役買っていたからなのです。それにアンリ君とミシェルさんだと座談会も会話が変な方向に進んで収拾がつかなくなるかもしれないという作者の懸念からです」
「場所はこの思い出の東屋以外には考えられないよね、そう思わない?」
「そうですわね、お兄さま。私、レモネードを持って来ましょうか?」
「じゃあ俺はシャツを脱ごうか?」
「風邪引くわよ、マックス」
「ははは。それにしてもだよ、参ったねあの時は。マックスがレモネード持ってきた侍女のことを可愛いなんて言っているから。だってね僕が思いつく限りでは五十代孫あり、二十代前半もうすぐ臨月、三十代前半既婚者に執事の孫の下女で初等科も出ていない女の子だけだったよ、当時。ツッコむ気にもなれなかった」
「ふふふ、百戦錬磨で老若男女問わず八方美人なマキシムさんですものね!」
「い、いや、だからローズ……ナットもさ、その時すぐ問い正してくれれば良かったのにさぁ」
「不甲斐ない弟で申し訳ない……」
「兄上まで、やめて下さいよ」
「さて、お二人にはまず自己紹介をして頂きましょうか。ローズさんの方からどうぞ」
「はい、ローズ・ガニョンと申します。ソンルグレ侯爵家の長女として王都で生まれ育ちました。貴族学院卒業後に王宮に就職して、司法院で文官として勤めています。昨年秋に結婚したマキシムとの間に子供を授かり、出産予定はこの夏です」
「ではマックスも」
「マキシム・ガニョンです。ガニョン伯爵家次男、王宮で近衛騎士として働いています。以下ローズと同じ、この夏に俺も父親になります。楽しみです」
「お前達が落ち着いて僕や家族も皆一安心だよ。雨降って地固まる、だね」
「マキシムの最後の遠征中には皆に心配ばかり掛けました」
「俺もだな……」
「遠征中だけじゃなくて、君達はもうずっと前からだよね。家族も周りの人間も二人が両想いだって分かっていたのに……マックスもいつまでもモタモタしているからだよ。それでもお前もローズさんに求婚する前から彼女しか目に入っていない様だったね。全くもう世話が焼けるったら」
「そうですよ。ティエリーさんも無事当て馬の任務完了で肩の荷が下りました。それにいつの間にやらちゃっかり恋人まで出来ていて、彼女との交際は順調のようです」
「あ、いや私のことは……」
ティエリーは少々照れているようである。
「そうだ、男主人公は俺! コイツに語らせるな!」
「マックス、お兄さまのことをコイツはないじゃないの!」
ティエリーは弟にコイツと呼ばれたことも耳に入っていないようで、赤くなってニマニマしている。
「さ、この兄貴はほっといて続けようぜ」
「幸せボケで悪かったね! さてローズさんの将来の夢や目標は何でしょうか?」
「復活早っ! でも自分で幸せボケって認めてやんの」
ローズは苦笑しながら口を開く。
「今は生まれてくる子のために体を第一に考えています。母親業も仕事も、と欲張ってもしょうがないですけれど、どれも頑張りたいのです。それに私には手のかかる夫も居ますしね。妻業も大変です」
「おいっ!」
「僕はノーコメントで」
「私もだよ」
「ふふふ……父は文官として男女平等な社会になるように尽力をしています。母は弱い立場にある人々の保護施設を経営しています。そんな両親を尊敬していますし、彼らが私の進路に大きな影響も与えました。それに私が法律を勉強し始めたきっかけは初等科でのいじめでした。もっと先の話になるし、まだまだ漠然としていますが、私も両親のように少しでも暮らしやすい社会を築いていく手助けがしたいのです」
「ローズさんも子供を産んで母親になるとまた少し違った視線で世の中を見られるようになるでしょうね。ご両親の取り組みを引き継いでいきたいという根本的な点は変わらないと思います。私の仕事での目標もお父上やローズさんと大体同じ方向性ですね」
「文官同士で盛り上がり中すみません。マックス、お前の目標は?」
「とりあえずの俺の目標はいい父親になること。遠征に行かなくても良くなって一安心だよ。子供の誕生には是非立ち会いたいしね。それから来年の騎士道大会では是非好成績を修めたい。もっと長い目ではな、若手の教育に力を入れたいと思っている」
「若手って、マックスお前もまだまだ若手の部類だろう?」
「そうは言っても、騎士なんて全盛期は早く終わりますからね。騎士道大会でも勝ち残れるのは二十代までですよ」
「マックス、貴方は良い上司になるタイプだわよ」
「僕もそう思うよ」
「さて、次の質問です。二人はどう呼び合っていますか?」
「これってわざわざ聞く必要あるのですか、ティエリーさん?」
「ないよねぇ」
「折角だからお答えします。私はマックス、マキシム、時々マキシム・ガニョンと呼んでいます」
「俺はローズ、たまに俺の奥さんとかローズ・ガニョンとか」
「ローズ姫とは呼ばないのか?」
「それは……義父上の専売特許と言うか……」
「そうだねぇ。ところでローズは良く『もうヤダァ、マックス!』と言うよね。『リュックのバカァ!』や『旦那さまのイジワル……』に当たる台詞だなぁ」
「……もうヤダァ……」
「ほらまた言ってるし」
「さて、おまけの質問というかこの物語全話を通しての最大の疑問が一つ寄せられているのです。『ミシェルちゃんとアンリ君はもしかしてカップルになるのでしょうか?』」
「オイッ、最大の疑問って主役の俺達じゃなくて脇役に関することかよ!」
「まあまあマックスったら。アンリの嗜好については謎というか誰も知りたくないというか、どうなのでしょうね。ミシェルは『私はね、我儘を何でも聞いてくれて、私以外には見向きもしない男性がいいの! いつまでもアンリが私の周りをウロチョロしていると出会いの機会がなくなるのよ!』なんて言っていますけれども」
「それからうちのもう一人の妹マルゴの恋についても気になるよね」
「それもありますし、ティエリーさんのお相手についてもですよね?」
「フフフ、秘密」
「最近はニヤケ顔が定着してんだよな、この人!」
「黙れよマックス。ねえローズ、また一緒に歌劇を観に行こうか?」
「まあ、いいですわね」
「何だとぉ?」
「もちろんティエリーさんの恋人も一緒にですよね」
「うん。それにマルゲリットも誘おうね。喜劇だったら彼女も来るだろう?」
「名案だわ!」
「美しい花々に囲まれて歌劇を観られるなんて幸せ者だね、私は」
「はあ?」
鼻息が荒くなりつつあるマキシムである。
「まあまあマックス。えっとでは……ティエリーさんは幸せボケということを改めて認識したところで、そろそろお開きにしましょうか。お二人共ありがとうございました」
「こちらこそ、ありがとうございました。楽しかったです」
「……じゃあな、ローズ行くぞ」
マキシムは身重の妻の手を取って彼女を立たせた。そして二人寄り添って母屋の方へ向かう。その後にティエリーとナタニエルが続いた。
***ひとこと***
やはり最後のお楽しみは座談会でしょう。開催時期は本編完結後すぐのことです。
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