第二十二戦 派遣

 秋はあっという間に過ぎ、王都に長い冬が訪れようとしていました。ある夕方マキシムは沈んだ面持ちで帰宅しました。表情に悲愴感が漂っています。


「お帰りなさい、マックス。どうなさったの?」


「ローズ……」


 そう言うなり彼は私をギュッと抱きしめます。


「来週からさ……また西端の街に派遣されることになった……」


「ペンクールに? ど、どのくらいの間行ってしまうの?」


 既婚の騎士はまず遠征に送られることはないと聞いていました。


「二か月、いや三か月くらい……」


 その間マキシムと離れ離れなのです。彼は益々私の腰の周りの腕に力を込めます。


「そんな……寂しくなるわ……」


「俺もさ、最初は断ったんだよ! もう結婚したんだし、しかも新婚だぜ! でも……来週から行く予定の奴が体調崩してなあ……他に若手では奥さんがもうすぐ出産するとか、家族に病人が居るとかそんなんばかりでさ、結局引き受けることになった」


 マキシムは同僚や友人をとても大事にする人です。それはずっと前から知っていました。


「貴方らしいわ、マキシム……私は寂しいけれど、二、三か月なんてすぐよ。しっかり勤めてきてね」


 マキシムが私の首筋や耳たぶに口付けながら甘えた声を出しています。


「ローズゥ……なあ、お前も連休取って一度だけでも訪ねて来いよ。三日くらいなら休み取れるだろ? ペンクールはな、国境の街だから色んな文化が混ざっていて王都とはまた全然街の様子も違うんだ。色々見るところもあるから案内してやるよ。ここより少し暖かいしな、これから寒くなるから丁度いい」


「そうね、それもいいわね」


「お前が来てくれるなら俺、頑張れるかも」




 それから一週間は慌ただしく過ぎました。マキシムは旅の準備や荷造りをし、出発前には双方の両親と食事をし、あっという間に出発の朝がやってきました。


 マキシムは朝早く王宮の騎士団本部からもう一人の同僚とペンクールに発つのです。私も見送りに行きました。


「お前、俺が居なくなったらここぞとばかりに仕事に打ち込む気だろ、それこそ王宮本宮に寝泊まりするような勢いでさ」


「そんな、まだ新人の私にそこまで大量の仕事は任せてもらえないわよ」


「もし任せられたら本宮に寝泊まりしてでもやる気だろーが、全くお前はよぉ……」


「そ、そんなことないわよ!」


「どーだか!」


「マキシム、体にはくれぐれも気を付けてね。ちゃんと野菜もしっかり食べるのよ」


「何だよ、俺は子供じゃねぇつーの!」


「あの、マキシムさんそろそろ……」


 遠慮がちに同僚の方が呼んでいます。彼は独身でお付き合いしている方もいらっしゃらないようなので、さっさと騎士団の馬車に乗り込んでいます。


「いってらっしゃい」


「馬車の中で爆睡できそうだ、俺。昨晩頑張りすぎて超眠てぇー」


「もうヤダァ、マックス!」


 同僚の方に聞かれたらと思うと赤面してしまいます。


「じゃあな」


 マキシムは最後に私に熱い口付けをし、旅立って行きました。




 マキシムが発って最初の数日、私はまるで機械のように働き、帰宅して寝るだけの生活でした。何もかもが味気なく感じられます。


 マキシムと一緒に軽口を叩きながら毎晩のように夕食をとっていたのにいきなり一人になってしまいました。居間で本を読んでいてもすぐ側に彼の存在があるだけで安心だったのに、今は孤独です。話相手ならモードが居ますが、やはり違うのです。


 マキシムに文を書くにしても、寂しくて辛いと言って彼を困らせたくなくて当たり障りのないことしか書けませんでした。彼がいないことがこんなにも堪えるとは思ってもいませんでした。




 ある日、ミシェルから文が来ました。一緒に夕食をしましょうとの誘いでした。文も彼女に会うのも実に結婚式以来です。


 約束の日に彼女は私の仕事が終わる頃に王宮に迎えに来てくれるとのことでした。本宮正面入り口の待ち合わせ場所に行くと、ミシェルは既に来ていて何とアンリまでいました。


「ミシェル、久しぶりね。今日はお誘いありがとう」


「ローズ、あまり元気そうじゃないわね。まあ旦那さまが遠征だものね、寂しいのでしょう? 新婚ラブラブの家庭の邪魔をしたくなかったからしばらく連絡をしなくてごめんね」


「私の方こそごめんなさいね、ミシェル。アンリも」


「……ああ」


「アンリ、どうしたの? いつもの賑やかな貴方じゃないわよ」


「マキシム様の居ない騎士団は無味乾燥なただのお役所仕事をする場だ……」


「アンタのことはどうでもいいのよ! 大体どうしてついて来てるのよ、今日は女子会のつもりだったのにぃ」


「いいじゃない、ミシェル」


「そうだ! マキシム様の話題ならそこらの女子には負けねぇし!」


「今晩はね、マキシム・ガニョンの話をするわけじゃないの!」


「えっ、マキシム様を偲ぶ会じゃねえのか?」


「ていうか殺すなよ……」


「うふふ、相変わらずね二人とも」




 そして三人で街の洒落た食堂に行きました。アンリは麦酒を、ミシェルは赤葡萄酒を頼んでいます。


「ローズも飲むでしょう?」


「えっと、私は遠慮しておくわ。私この間の舞踏会で初めてお酒を飲んで、少しの量で悪酔いする質だって分かったの」


「飲めない訳じゃないのよね?」


「少しは飲めるけれど、酔って人に迷惑を掛けたくないから……」


 マキシムに人前で飲むのを禁止されているとは言えませんでした。時々自宅でマキシムと少量飲むことはありますが、その度にマキシムからは自分の居ない所で飲むなときつく言い渡されているのです。


「それにしても、マキシム・ガニョンがわざわざ私に文を寄こしたのよ。驚きだったわ」


「彼が貴女に文を?」


「なんだと、ミシェル! 聞き捨てならねぇな!」


「アンリはちょっと黙って最後まで聞く! 彼が遠征に行く直前のことよ。うちの父経由でね、自分が留守の間、仕事の虫ローズのことを時々外に連れ出して下さいだなんて何とも低姿勢な文面だったのよ」


 ミシェルのお父さま、リュック・サヴァンさまはマキシムの上司で騎士団の副団長です。


「まあ、マキシムがそんなことを……」


「本当なら直接私に会ってお願いするところなのだろうけれど、未婚の私のところに自分が訪ねて行って変な噂が立つのも良くないだろうから文で失礼しますとのことでした! 彼ってそういうところはマメで気が利く人なのよね、と改めて思ったわ」


「……」


 涙がこぼれてきそうでした。


「うぉぉ、マキシム様素敵です! ローズ、この果報者めぇ!」


「アンリ、お酒はほどほどにしなさいよ! まあアンタは素面しらふでも変わらないけど! ちょ、ちょっとローズ泣かないでね! でも愛しい旦那さまに会えなくて寂しいのは分かるわ」


「俺までもらい泣きしそうだぜ、くそぅ! マキシム様の深い愛情にカンパーイ!」


「はいはい、乾杯乾杯!」


「今晩帰ったら主人にまた文を書くわ。ミシェルとアンリと出かけて楽しかったって」


「アンリは入れなくていいわよ。女の子同士で食事をしたことにしておきなさいな」


「おいっ!」


「まあそれでも、このアンリだったらマキシム・ガニョンも嫉妬なんてしないか……」


「おいおいっ!」


「うふふ……」


 こうして友人たちと話していると少し私も元気になれました。マキシムが私のことを心配してくれていたことがとても嬉しかったのです。


 最近は少し体調も崩して食欲もない私でしたが、気の置けない友人二人とのお喋りで料理も美味しく、普段よりは多めの量を食べられました。


「マキシム様が浮気をするのを心配しているんだろう、ローズゥ。そこらの女じゃねえよ、お前のライバルはぁー。この俺、アンリ・ルクレール様だぁ!」


「ちょっといくら騒がしい食堂でも静かにしなさいよ! ローズ、コイツのたわ言なんて聞かなくていいからね!」


 アンリは飲み過ぎたのか、本気か冗談か分からないことを言い出してミシェルにたしなめられていました。




***ひとこと***

ミシェルパパのリュックは王都警護団から近衛に戻っています。何と副団長に昇進しておりまーす!

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