二章02:任務、ゴブリンの討伐 Ⅱ

 斬っては投げ、叩いては爆ぜ、それから先、リーナクラフトVSゴブリンズの闘争は、闘争にすらならないほど一方的なものだった。言ってみれば大リーグVSリトルリーグ、推奨レベル10ぐらいのところに、唐突にレベル50ぐらいの猛者がやってきた状況である。


「ははー! 張り合いがなさすぎるねークロピー! クロッホルもそう思わない??? ねえ!!!!」


 あー。酒乱ならぬ戦乱。この程度のウォームアップでここまでギアが入るとなると、リーナクラフトが本気を出したらいったいどうなるんだとクロノは背筋を凍らせる。これ、終わったらもとに戻るんだろうか……


 10……20……お約束なゴブリンの群れを、リーナクラフトはボッコボッコと吹き飛ばしていく。そのたびにスマホは通知音を鳴らし、二階層に至る頃にはリーナクラフトのレベルは6になっていた。


(どうやら相手を殺さなくても経験値は加算されるらしい)


 最も殺害したほうが数値の上がる可能性はあるが、正直そこまでは計算できない。なにより血まみれのリーナクラフトを見たいという趣味のなかったクロノは、これはこのままでいいと結論した。


「な〜んかボスっぽい雰囲気しない。クンクン……臭うなあ」


 と、ようやく獲物にありつけるといった様子で、リーナクラフトは笑う。討伐数は数えているだけで38。地図に記された個体数予測と比較すると、ほぼ概ねを始末できたと見て差し支えない。


(これは思いのほか早く終わりそうだなあ)


 スマホの時計を見る限り、鉱山に入ってからまだ半刻も経過していない。本当にモーニングのコーヒーを嗜む程度の時間でミッションが終わってしまうとなると、少々拍子抜けと言わざるを得ないほどのイージーさだ。


「ちわーっ! ちわーっ! 討ち入りでーすっ!!!」


 恐らくはボスの住まうであろう根城の、簡易なドアを片っ端から蹴破っていくリーナクラフト。しかして全てはもぬけの殻で――、果たして彼らの残存兵力は、総員が最奥の部屋に集まっていた。


「キシャー!!!」


 人語ならざる怪音。ゴブリンのボスと思しきは、村からさらってきたであろう少女にナイフをつきたて、威嚇の声をあげている。


「ははーん、人質。なんかこう、ボスならボスらしく正々堂々一騎打ち〜〜みたいな燃える展開できなんスかね。ボクちょっとがっかりっていうか、だいぶ萎えて萎えて萎えて――」


 精一杯のため息と共にうなだれ、剣を地面に突き立てるリーナクラフトの顔は、うつむく瞬間ひどく興ざめした、いうなれば上等な料理に蜂蜜をぶちまけられたような有様だった。


「キヒーっ!」


 嫌な予感が過るクロノをよそに、ゴブリンのボスは作戦がうまくいったと喜色を浮かべる。小柄な背に伸びたかぎ鼻、元からしわくちゃの顔が一層に歪むのを、クロノは寒々しく見守っていた。――たぶん、その思惑通りにはならないだろう。


「――光よ、地を穿ち汝の名を示し給え。ライトレイ・ブリッグズ」


 刹那、剣から発現した光は、地面を切り裂きながらゴブリンの親玉に向かっていく。――光速とはそういうものだ。一撃を避けきれなかったゴブリンの腕は宙高く舞い、彼があっけにとられている間に、踏み込んだリーナクラフトの剣が親玉の心臓を貫いていた。


「ンゲ……」

「萎えてしまってこのざまだよ。もうカーテンコールだ」


 光の中に蒸発するボスゴブリン。それを見て残りの連中も四散し逃げようと試みるが、彼らの足でリーナクラフトから逃げおおせるハズもない。一秒、また一秒と秒針が刻まれるごとに、倒れ朽ちるゴブリンの遺骸が、山となって折り重なる。


「ふう……これにて任務完了。はーつまらなかった」


 肩で息をするリーナクラフトは、そういって髪をかきあげると、それはいつもの彼女だった。快活で間が抜けて、底抜けに明るい、リーナクラフトだ。


「あ、みんなダイジョーブ? おうちでおかあさんが待ってるだろうし、帰ったほうが……ああ、でもあいつらじゃあなあ」


 そこでふと考え込むリーナクラフト。なるほど道中のゴブリンは殲滅したが、外に待つのはあの下品な警備兵だ。あんなところに武器の無い少女を向かわせるなど、カモネギなみに無謀だ。


「ヨシ!!! じゃあみんな、ボクと一緒にお外に出よう! なんなら村まで送ってあげるから、もう変な男とかゴブリンに捕まっちゃ駄目だぞ!」


 とまあ少女たちのヒーローことリーナクラフトが、ほうぼうから感謝の言葉に包まれる中、クロノはというとゴブリンの財宝を漁るべくあちこちと見定めていた。


「ムムッ……これは!!」


 ソシャゲユーザーの第六感が告げる虹色の輝きは、ボスゴブリンの椅子の後ろから放たれた。なんちゃら石とゲームによって呼び方に別はあるとして、共通して虹色のそれは、ほぼほぼ間違いなく絶唱石サパーブピース……すなわちこの世界で生き残る為の、枢要な一欠けだ。


「これをどうすれば取得した事になるんだ……おおっ?!」


 するとクロノが手を伸ばした瞬間、虹色に煌めく3つの石は、スマホに吸い込まれ消えてしまう。慌てて画面を点けると、そこには「絶唱石:3」の文字が、確かに刻まれている。


(なるほど、自動的にスマホにストックされる仕組みか……ますますソシャゲじみている)


 絶唱石がボスの周りから出てきた点を鑑みると、もしかするとミッション系のイベントをこなすたびに、どこかしかでドロップするものなのかもしれない。とはいえ10連ガチャで必要な個数が30である手前、道のりはまだまだ遠いと言わざるを得ない。


「はいはいクロのん! 帰るよ帰るよ!」


 見ればリーナクラフトが手を振って招いている。クロノもまた目的は果たしたと頷き、そのまま駆けて彼女の元へ向かった。たくさんの少女たちに囲まれ、満面の笑みを浮かべるリーナクラフトは、なるほど確かに、例えようもなく勇者だった。

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