一章04:勇者、リーナクラフトの召喚 Ⅲ

「さーよってらっしゃい見てらっしゃい! ピッチピチ現役YCの、腹上死確定の真剣ショーだよ〜!!!」


 それから半刻とせずに、寂れた村の広場には、リーナクラフトの周りに人だかりが出来ていた。ていうかなんだ現役YCって……登場の時も宣ってたが。


 端的に言えば、召喚されたばかりのリーナクラフトもまた無一文で、このままでは夕餉どころか一夜の宿にすら事欠く始末と頭を抱えたクロノを目にし、リーナクラフトは一計を案じたのである。


 つまり着の身着のままでできる大道芸。日本で言えば駅前やら公園で誰それがやってるアレだ。人だかりが多ければまだいいが、閑散としているとこちらまでつらくなってきて遠回りしてしまう、アレだ。


 陰キャなクロノには到底できない所業を、しかしてリーナクラフトは平然とやってのける。そこに惚れるかどうかは別にしても、快活な少女のときの声で、事態は一瞬で好ましい方向に転がり始める。

 



「勇者様がこんなところにおられる訳がねーべ。この村を愛して下すったのは、リーナクラフト様ただ一人、それも十年前にあんな目にあわれてしまって……」


 最初は懐疑的な目を向けていた村人たちだったが、そもそも娯楽の少ない寒村の事である。落ちかかる陽も相まって、徐々に人だかりが出来ていく。


「なんとどっこい、このボクがリーナクラフトなのです! あの石像はちょっと酷い出来だけど、現実のボクはこんな美少女!!! いやもうなんで前世でモテなかったかな……まあ男の子扱いだったし! しょうがないけど!!!」


 いや驚くべき事に、リーナクラフトの石像が村にはあるのだ。どうやらンヌブルドゥドゥーグをこよなく愛したリーナクラフトとパルナクラッテには強い絆があったらしく、今でもこうして信仰の対象の一つとして残っているのである。


「じゃ、じゃがリーナクラフト様は一騎当千、大食漢で剛力の男だった筈……それがこん可愛らしいなおなごとは……」


 確かに。伝承というものはあてにならない。創作で美少年扱いされていた沖田総司の、生写真を見た時の衝撃は誰しもが感じるところだろう。逆にこのリーナクラフトも、その武勇からいつの間にか巨漢として伝えられていたらしい。


「そう! カワイコぶりっ子それがボク、リーナクラフト!! おじいさんもボケてないでばっちり見てって!」


「ううむ……確かに儂はリーナクラフト様を知ってはいるが、ンヌブルドゥドゥーグの臭気で近寄れず、姿をあまり覚えておらぬ」


 なんだよそんなにやべえのかよンヌブルドゥドゥーグ。逆に興味を惹かれるところではあるが、だったら非モテの原因まさにそこだろと、クロノは得心する。


「はっ、やっ、とお!。 どうおじいちゃん? 現役YCリーナクラフトの超絶剣技。はいこれ! 今晩の薪として使ってね!」

  

 と、会話を続ける間にも、災害か何かで倒れていたであろう巨木を飴細工のように切断し、綺麗な薪として配り始めるリーナクラフト。……見事である。達人が藁を切る様ぐらいは見たことがあるが、こんなに楽々とは到底いかない。


「お、おお……これは(見たことないけど)まさに勇者様の神技。リーナクラフト様……ようこそお戻りになられました」


 ――ちょろかった。思ったより村人はちょろかった。老人たちはご覧の有様だし、後から来た若い連中も、健康的なリーナクラフトの肢体に目を奪われている。恐らく自身が調整を施したのだろう、鎧は鎧だが、よく見ると下半身はスカート状になっている。


「フフフ……見てよクロッピー。みんながボクの虜になってるよ。妬けるかい? 美少女があわや寝取られてしまうかも! みたいな展開。うおーもっと興奮してくれー」


 こっちによって来てにんまりと耳打ちするリーナクラフト。もう意味がわかんねえやとかぶりを振るホシノクロノ。だがそれはそれとしても、投げ銭の量は本物である。あるいは現人神あらひとがみに近い認識で受け入れられつつあるのかもしれない。とまれ、クロノはフードを目深に被り、なるべく目立たないように気配を消す。どうにも制服姿では、この世界では奇異の目で見られてしまうからだ。




「お〜! リーナクラフト様! 本当にリーナクラフト様が!!」


 すると暫くして、村人とは趣を異にする衣装の一団が姿を現す。察するに役人か村長が、いずれにせよ立場が上であろう面子が、つかつかと歩み寄ってくる。


「おっ? なるほど確かにボクの名はリーナクラフト!! どちら様でしょうおっさんおっさん、それにおっさん!」


 無礼かお前。そう狼狽えるクロノだが、事実彼らはおっさんだった。


「はっ、申し遅れました。我が名はコーンビル。この一帯を預かる領主にございます。リーナクラフト・アーメンガード様。この度はお見知りおきを」


 と思えば向こうは下手。どうやらハゲ散らかしたおっさんはこの地方の領主らしい。うっかり興行に茶々が入ると思っていたクロノだったが、公認が出るのなら願ったりだ。


「よろしくね! ボクたちいまお金が無いから、お仕事とかあったらぜひ紹介してね! 魔物とか野盗退治ならお手の物!」


 は〜。こいつ敬語ってやつを知らないのか、呼ばれたばかりで舞い上がってるのか、いずれにしてもよくこれで前世をしのげたものだなあとクロノは溜息をつく。


「おおお! かの有名なるリーナクラフト様のお力添えを仰げるというのであれば! では早速お仕事のお話を差し上げたいので、これから拙宅まで来られませんか? もちろんご夕食もお出し致します」


 トントン拍子というやつだ。疑わない向こうも向こうだが、労せずして宿が決まってしまった。もし最初に召喚したキャラが低レア陰キャで、お互いに最初の村から一歩も踏み出せないままだったら最悪だったなと、改めてクロノは思う。


「おおおおおおおお!!! イヤッッホォォォオオォオウ!!!! さっすがは領主様! そういうお誘いなら、ボク喜んでついていっちゃおっかな!? ね、クロノんも一緒にいこっ!」


 と、破顔しとてとて駆け寄ってくるリーナクラフト。とっさにフードで顔を隠しながらクロノは応じる。隙間から見るにつけ、おっさんもといコーンビルは如何にも好色といった外貌だ。はて、ここで男の僕が混じったとしてどう反応されるかと、クロノはクロノなりに考えを巡らせる。


「おお、そちらにもお連れがいらっしゃいましたか」


 ビンゴ、明らかに嫌悪を滲ませた視線。名だたるソシャゲが露出やおっぱいに走るのもやむを得ないと世の常を恨みつつ、クロノはスマホに視線を落とす。




 ――性別。

 ソシャゲ七不思議の一つ、性別変更。その項目は、やはりこのスマホにも搭載されていた。まあ召喚ガチャができる時点で推し量ってはいたが、まさかこんな早くに使うタイミングが訪れるとは。


 まったく、せめて不細工にはなってくれるなよと祈りながら、クロノは性別のアイコンをタップした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る