一章05:性別、ステラクロウの変更 Ⅰ

「おや、これは随分と可愛らしいお嬢さんではありませんか!」


 あんぐりと口を開けるリーナクラフトを他所に、その背後に立つ領主コーンビルは満足げな笑みを浮かべる。よし善哉とクロノは頷き、スースーとする股間に違和感を覚えながら一礼する。


「はじめまして……ステラ・クロウと言います。リーナクラフト様の従者を仰せつかっております」

 

 無論、出まかせである。咄嗟に出た「ステラ」は、クロノがTwitterで用いていたハンドルネームだ。ホシノ、だからステラ。すなわちそのままに「星」という意味合いである。


(あわわわわわ……あ、あのクロぴょん、なんで女の子になっちゃってるの?)

(話を合わせてください。とりあえず今の僕はステラ・クロウという女の子で、リーナちゃんの従者です)

(わ、わかったけど!!! ……あとでちゃんと説明してよね!)


 オタサーの姫、サークルクラッシャーなどとはよく言うが、やはり男には女のほうがウケがいい――、というのは、クロノがかつて、自身を女の子だと勘違いしたネット上の友人と対面した時、回りくどい失意を表明されたからに他ならない。なるほど「ステラ」というネーミングからは、女性を連想されてもおかしくはなかった。――だがそれ以来、クロノはステラにクロウを付け足し、わかりやすく男である事を強調するようにはなったのだが。


「ふむ。見た目麗しいご婦人方がお二人……ともなれば、こちらも失礼の内容におもてなし差し上げなければなりますまい。ローエン、ビタール、お召し物をご用意なさい」


 口ぶりは紳士的だが、明らかに腹に一物ある目。やはり男などこんなものかと呆れ返るクロノだが、しかして今は、いかなる俗物とて利用しない訳にはいかない。三食寝所に仕事もつくとなれば、この世界にあっては相当のショートカットと見て間違いはないからだ。


「ありがとうございます。リーナ様。さ、袖を通されてください」


 クロノは差し出された外套をリーナクラフトにかけてやり、自身も頂いたマントを羽織る事にした。その時衣装を確認し改めて気づいたが、性別の変更を行うと、衣装も同時に変わるらしい。今のクロノは、ひらひらとしたセーラー服のスカート姿だ。なるほど道理で、股下がスースーとする訳だ。


 広場の声援を背に、コーンビルの示す馬車に乗る二人。寒村パルナクラッテの窮状と打って変わり、馬車の中は広く、一地方の領主としては過分なほどに内装も豪華だった。或いはこの世界の領主とは、存外に権力を有しているのかも知れない。




「なるほど。魔王を打倒する為に転生をなされたと、それは殊勝なお心がけでいらっしゃる」


 道中、うんうんと相槌を打ちながら二人を湛えるコーンビル。脂ぎった顔はお世辞にも好感を抱き難かったが、日本の議員とやらもこんな感じのおっさんがたくさんいたし、その辺りは万国共通なのかなとクロノは推し量るに留める。


「確かに魔族の襲来は年々頻度を増しております。本来は耕作に回したい農民ですら兵力に割かねばならない始末。おかげで税金を上げても暮らし向きは良くならず、閉塞感から民の不満は募るばかりです」


「なるほど、ではその魔族討伐をリーナクラフト様にお願いしたいという訳ですね」

 

 退屈からか、途中で眠りこけ始めたリーナクラフトを良いことに、クロノはそのまま話を進める。良かった。下手に能天気勇者が騒ぎ立てないおかげで、話が恙無い。


「その通りです。今現在、アルマブレサッサ神聖王国は力ある者を欲しています。私もほうぼうに根を張り巡らせ、勇者として素質ある者の徴用に務めているです。聞けばリーナクラフト様は元勇者とのこと、秘術の類いは我ら下々には分かりかねますが、これが事実であるとすれば、中央政府、いいえ引いては我ら人類にとっての福音たり得ましょう」


 あれ、以外と筋の通った全うな意見である。てっきりあの手この手でオフパコしちゃうぞ! みたいな流れを危ぶんだクロノとしては、この理屈に理屈で返す状態は好ましいものだった。


「なるほど。ということは、これからの任務は我々の選抜も兼ねているという事ですね。ご高配痛み入ります。リーナクラフト様はこのような方ですが、武力の類いは比類ないものがあります。任務の詳細をお聞かせ願えれば、戦果はすぐにお届けできるかと」

 

 となると今後の役回りは、クロノがステラとして任務を受け、詳細なプランを立てた上でリーナクラフトに伝えるという流れになるだろうか。しかして問題はキャラの数だ。これがソシャゲを模した世界であるなら、序盤を乗り切る為の低レアキャラが数体は要る。


「ご明察です。もうじき屋敷ですから、続きは夕食の後にゆっくりと致しましょう。寒くなってまいりました。ステラさんもお気をつけて」


 はい、と返しながらクロノは考えていた。ガチャを引くために必要な絶唱石を、どうやって手に入れるのか。リーナクラフトのレベリング、育成はどうすべきなのか。まったく、チュートリアルも攻略wikiもないゲームとはこんなにも不便かと肩を落とすクロノは、そこで違和感に気づく。


「あ、あの領主様……何を?」


 いつの間にか領主コーンビルが、クロノの身体に手を置いている。触られているのは太ももでしかない筈なのだが、女性となった今では背筋にビリッと来る不快感だ。そりゃあ世の中、セクハラで溢れかえる筈だ。やはり理屈を抜きにして、このハゲデブなおっさん、生理的に無理だ。


「これは失礼。肩の外套が落ちかけておりましたのでな。さあ、もう着いております。降りましょうか。給仕たちが夕餉を用意している頃でしょう」


 ふむ。どうにも判断に窮するが、やはりこのコーンビルという男、全幅の信頼を置くには些か胡散臭い。まあ筋は通っているとは言え、初対面でどこの馬の骨とも知れぬ輩を屋敷に招き入れるのだ。何がしかの罠や要求は当然の如く考慮にいれるのは当然として、少なくともリーナクラフトを一人にするのは避けるべきだろう。この能天気、いつどこで嵌められるか分かったものじゃない。


「ありがとうございます。さ、リーナクラフト様。目を覚まされてください。到着しましたよ」


「ん〜むにゃむにゃ……ンヌブルドゥドゥーグのベロブッブ添え……」


「ごはんです」


「はっ、ご飯!!! どこ、どこっ!?」


 おそろしい。犬かこいつはと思わぬでもないが、涎を垂らし間抜け面を晒すこの(黙っていれば)美少女が、悲しいかな今現在クロノの手元にある、唯一のカードなのだ。仕方がないと自身に言い聞かせながら、クロノは優しくリーナクラフトを起こし、ケープを羽織らせた上で馬車を降りた。

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