四章:オルランド・グスタフ
四章01:渓谷、メールベルの惨劇 Ⅰ
バースロイル出立から二時間。馬車はメールベル山脈の麓に陣取る、南方軍総司令部にたどり着いた。山裾でありながらも倒された柵、踏み荒らされた農地が散見し、ここがつい先程まで戦場だった事を思い知らされる。
「ようこそ諸君!! アルマブレッサ神聖王国、南方軍総司令部へ!!!」
出迎えたのは南方軍臨時司令官、ゾルド・ハーベイ准将。叩き上げの軍人らしく、いかつい顔には歴戦の生傷が幾重にも刻まれている。
「聞いてはいると思うが、今現在、メールベルの周辺は魔物の大量発生によって混乱状態にある。詳細は不明。そのような状況下で諸君らに頼みたいのは、王都より向かっている本隊合流までの時間稼ぎだ。無論、南方軍、中央郡共に兵站に死力を尽くす所存ではあるが、恐らくは、この騒動、勇者の力によってしか鎮圧は不可能であると理解する。ゆえに――」
続くゾルド准将の檄。どうやら王国軍も相当に参っているらしい。任務内容の殆どが詳細不明。これは下手をすると、要らぬ被害が出る前触れでもある。ガイド役に魔族を採用して正解だったなと、クロノは内心でほくそ笑む。
「――は、以上である。諸君らには各部隊に各自合流して貰い、予備兵力として腕を奮って欲しい。ガイド役には、各隊より人員が派遣されているので、よろしく頼む」
要約すれば、バースロイルから参じた5つのパーティは、山麓で奮闘、または人命の救助にあたる部隊を補佐しつつ、魔物狩りの本領を発揮して欲しいとの事だった。なるほど確かに、対モンスターとなると冒険者のほうが本職に親しいだろうが……
「ふむ……血気のゾルドとまで呼ばれた男が、随分と弱気なものじゃのう」
と。説明を終えたゾルド准将に、ひときわ低い声が挑発をしかける。
「何だ? お前は?」
腹ただしいとばかりに睨むゾルド。そうだよ、命令が絶対の軍隊で、いきなり目をつけられるような馬鹿をしでかすのは、いったいどこのパーティだ?
「な……グスタフ隊長!!」
(え、グスタフ??? それ僕の団じゃん!!!)
そう、誰あろう茶々を入れたのは、我が団に入りたてのオルランド・グスタフその人だった。……ていうかなに、知ってるんすかゾルド准将。
「ほっほっほ……地獄の底から舞い戻るハメになったわい。我が故郷メールベル。その惨禍を今ここにて救うべし、とな」
(うそつけ、たまたまガチャで出てきただけじゃねーか)
「なんという……お前たちは先に他のパーティを連れ山へ迎え。俺はこいつらと話がある」
なんだかきな臭い展開になってきた。敬礼し山岳へ向かうパーティの後に、ゾルド准将の小隊と、黒の旅団のメンツだけが取り残された。せっかく退屈な御高説の最中に、トラブルメーカーのリーナクラフトが爆睡してくれたのに、どうしてくれるってんだ……
「それで、どういう事ですかな? グスタフ隊長。いや、本当にあなたはオルランド・グスタフその人なのか? ――黒の旅団、新興のパーティでありながら、バースロイルの難クエストを次々と制覇、古参団を壊滅へと追いやり、領主コーンビスからの信頼も厚い、勇者候補生を擁する期待の新星……そのように聞いていたが?」
随分と高評価である。ああまったく、グスタフとかいうじいさんが出しゃばらなければ、こんな面倒な事態に巻き込まれなかったのに……というか、本当に名のある騎士ではあったんだな……オルランド・グスタフは。
無論、召喚時のプロフィールには目を通しているクロノである。――オルランド・グスタフ……アルマブレッサ神聖王国、南方軍特別遊撃隊隊長。現役時は「地獄の壁」として殿を果たし、部下からの信望を集めた。とまでは記載されている。が、まさか後輩が軍の要職についているとは。
「ふむ……ゾルドよ。ではどうすれば儂が儂だと信じられるのか問おうか? 遊撃隊の選抜訓練で、お主がケツを巻いて逃げようとした時か。殿を果たすなどと大口を叩いた挙げ句、結局儂が尻拭いをするハメになったあの日か、酒場のメリーに惚れたからと、儂らに恋の助け舟を頼み込んだ夜の話か……」
出てくる出てくる、本人たちしか知らない藪蛇のエピソード。これにはゾルド准将も顔を真っ青にし、慌てて止めに入る他なかった。
「わ、分かりましたグスタフ隊長……! で、ですから止めて頂きたい……今の俺は、一応は軍の指揮官なんです……そんな話を広められた日には……」
「ならばもうよかろう。あとは論より証拠じゃ。前線へ引きずり出して貰えれば、ただ武人としての本領を発揮するまでじゃ。それで役に立たぬと断ずるのであれば、容赦なく切り伏せよ」
おやこれは。火種になるかと思っていたが、望外に役に立ちそうだグスタフのおっさん。貫禄も十分だし、眼力もある。若いメンバーだけで舐められがちな黒の旅団の、ボディガード役として使えるんじゃないだろうか。
「はい……失礼しました。では……その前線にご招待致しましょう」
暫くの会話の後、急に開ける地形。元は村落であったろうそこは、今は土嚢や即席の塀に囲まれた、軍事上の要害と化していた。
「ここがかつて、メールベルと呼ばれた地。メールベルの村の、跡地です」
血のように赤い瘴気にまみれた、生まれたての廃墟。それはこれまでクロノが体験してきたクエストとは、比べようもなく死に近しかった。
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