四章02:渓谷、メールベルの惨劇 Ⅱ

「これがあの穏やかだったメールベルか……」


 惨状を目の当たりにし、しばし絶句するグスタフ。しかし職業軍人の挟持からか、取り乱す様子もなく淡々と続ける。


「戦況はどうなっておる?」

「はい。現在はここを中継地とし、五隊に分かれ生存者の救出作業を行っています。麓まで漏れた魔物の群れは、概ねが討伐を完了。ただ問題は……瘴気の発生源となったこの先の、渓谷に潜む大物でしょうか」


「ランクは?」

「瘴気発生と同時に溢れ出した魔物は、ランクBクラスですので、訓練を受けた兵卒であればある程度の対応は可能でした。そこから山に登るにつれランクは上がり、橋頭堡の奪い合いとなったこの村落跡でAクラス。我が隊にも多数の死傷者がでました」


「ふむ……生存者はどうか」

「メールベル村落は壊滅。重傷者を一人保護しましたが、野戦病院で息を引き取りました。現在は点在する集落を中心に捜索を続けていますが、希望的な観測は難しいでしょう。その、エミリィちゃんは……」


「私事じゃ。気にするでない」

「はっ」


 オルランド・グスタフは、決して声を荒げる事なく、冷静に戦況を分析しているようだった。クロノもクロノで、この老騎士への評価を完全に改め、今では一同志として真摯に耳を傾けている。


「マスター」

「ああ」


 この会話の最中、ノーフェイスには周囲の索敵に回ってもらっていた。曰く北方に洞穴。そこから問題の渓谷まで下っていけるであろうとの事。ガイド役の魔族、フェリシアも同じ旨の意見だった。


「どうだろうフェリシア、そのルートで間違いないか?」

「そうですわね……もはやこの瘴気ですから、安全なルートなど望むべくもないでしょう。ただしお気をつけ遊ばせ。最奥には恐らく、人の手では抗い得ない化物が待ち受けておりましょう」


 フェリシアは、どうやら本人の意志で肌の色を変えられるらしい。一応は全身んをヴェールで覆う形の、占術師めいた出で立ちで戦線に参じて貰ってはいるが、スキルを見る限り「魅了チャーム」などの補助魔法を扱えるようだから、いざという時の戦力にはなり得るだろう。


「さてマスター。どうするかね。状況は悲惨。絶望的とすら言っていいが」

「はい……物見によれば、北方の洞穴より渓谷に向かえるとの事。問題は、早急に禍根を断つか、周囲の救出を優先するか、その二択になるかと」


「既にそこまで把握しておるか。鷹の目でも持っているようじゃな……まあこの辺りは儂の生家もある……いやあった、か。いずれにせよ庭のようなものじゃ。安心して任せてくれていい」


「あのグスタフ隊長を部下にするとはな……アレイスター・クロウリー……黒の旅団団長、見かけによらずの大器か。せっかくの申し出痛み入るが、選択肢の一つ目は却下だ。本国より勇者候補生が到着するまで、あの怪物には手を出したくない」


「あの怪物?」

「ベヒーモスだ。神話上の災厄、ドラゴンに並ぶ絶望。あれを前にすれば、さしもの我が騎士団を持ってしても、相打ちに持っていけるかすら不安だ」


(勇者候補生どころか、ガチの勇者がいるんだけどな……まあここは上の方針に従うが吉か……) 


 難しい問題だ。本来ならリーナクラフトを陣頭に早期決着を図りたい所だが、ここで上層部と揉めて心象を悪くし、おまけに人命軽視の非道部隊だなどと吹聴された日には商売があがったりだ。


「分かりました。では暫くの間は警戒を怠らず、生存者の捜索に注力する。魔物が現れた場合は、随時討伐する。――これでよろしいですね?」


「すまない。君たちはランクAの魔物すら容易に屠ると聞く。退屈かも知れないが、状況が分からない今は、我慢して従って欲しい」


 と、一礼し踵を返すゾルド准将。本来ならもっと高圧的でも構わない筈だが……クロノの背後に立つ強者たちの、オーラにでも当てられたろうか。とまれ、強者は強者を知るのだ。知らなければ生き延びられないのだ。


「おっはよ〜クロノん。いい感じに殺伐としてきたんじゃない??? やっちゃおうか? いっちゃおうか???」


 ほらきた。人類史上最強と評して差し支えない、トラブルメーカー勇者さんが。魔王の軍勢と張り合った猛者が、たかだか神話の化物一匹で怯む筈もなかろうと、クロノはどうこの女傑を取り扱うか、一計を案じた。


「ああ。まずはウォームアップと行こう。リーナ、ララ、グスタフ。敵の本陣を叩く前に、周辺の雑魚を掃討する。その間に僕、ステラ、フェリシアで生存者の捜索を行う。いずれにせよ日没前だ。ガイドの指示に従い、深追いは避けるように」


「りょうっかーいっ! 行くよっ! ララちゃん、どっちが多く敵を狩れるか、競争だー!!!」

「はーッ?? あんたここまでのシリアスなやり取り聞いてなかったの?? っていうか、勇者と服屋じゃ格差アリすぎなんですけど???」


「元気なおなごらじゃな……しかし、まったく、この状況で尻込みせぬとは大した女傑。儂もうかうかしておれんのう」

「お騒がせします、グスタフさん。もしあの二人が深入りしそうなら、そこはぶん殴ってでも制止してください……お願いします」


「かしこまるな若者よ。しかしあの二人、儂ごときで止められるものかのう。ふっふっふ……腕が鳴るわい」

(いやあ、年を考えたら随分元気ですよ、あなた)


 オルランド・グスタフ、享年61歳。その界隈の年齢で召喚されてこの様子なら、若かりし頃は相当な猛者だったのだろうなとクロノは推し量る。だがしかし、なんだってわざわざこの齢で現れたのか。或いはこの世界のガチャは、死んだ時の年齢に依拠するよう設えてでもあるのだろうか。幾つか現れでた疑問を、ここは戦場だと振り払ってクロノは進む。――赤い赤い、禍々しい瘴気の只中を。

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