二章:ノーフェイス・アインへリア

二章01:任務、ゴブリンの討伐 Ⅰ

 翌朝、朝食を摂ったクロノたちは、馬車に乗せられ目的地へ向かった。どうやら鉱山跡を根城にしたゴブリンたちが、山を降りて麓の集落に襲撃を仕掛けているらしい。で、今回の任務はそのゴブリンたちの討伐、可能ならば殲滅だ。


 鉱山跡と言えば石。石と言えば絶唱石。もしかすると破片ぐらいにはありつけるかも知れないと、クロノはそこそこの期待を込め馬車を降りる。既に現地には先行の部隊がいて、状況の詳細を教えてくれる手はずだった。


「おいおいこんな嬢ちゃんたちに、ゴブリンの相手が務まるのか?」

「夜の相手なら務まるんじゃねえか? ガハハ」


 おいおいこいつはしくじったとクロノは内心で歯噛みする。コーンビルとのファーストコンタクトを女の皮でやらかした以上、暫くはそれを続けなければならない。なるほど男の鼻の下を伸ばすには女のままで結構だが、こと戦場ともなれば舐められるのは必定だった。


(だよなあ。露出限界の女の子が最強なんてのは、都合のいいソシャゲの中だけだもんなあ)


 まあ冷静に考えれば、際どい水着の柔肌少女が最高レアリティってのは、単に商業上のオトナな都合であって、この世界でもそれがまかり通るなんて訳がない。現実では女の子よりむさいおっさんのほうが力は強いし、社会のあちこちを支配しているのは当然の話だった。


「こっちの爆乳ねーちゃんはともかく、なんだそのひょろっちいのは? あ? こんな腰で子供産めんのかよ?」


 するとなんの前置きもなく触られる尻。おいおい日本じゃ即刻警察沙汰だぜと睨みつけるクロノではあったが、悲しいかなここは異世界、それも山奥の辺鄙な小屋だ。 


「や、やめてください……」


 つらい。まるで薄い本の一コマみたいな台詞しか吐けずに、クロノはただ硬直するばかり。いかんせん力の差が歴然だ。現実世界ですら体育会系の同級生に勝てないクロノは、さらにその上を行くであろう腕力の持ち主を前に、耐える以外の選択肢を持ちえない。まったく法の無い世界では、自分はこうも徹底的に無力なのか。


「グハアッ!!!」


 と、クロノが観念し目を閉じた時だった。悲痛な叫び声と共に臀部から手の感触が消え、背後で何かが潰れる音がした。


「いやあごめんごめん。手が滑っちゃったよ?! なんかくっさいおっさんが多いからさ、ボクの手がこう、ぶわんって! あ〜事故だよ事故? 怒らないでね? ま、怒ったとしても全員伸しちゃうから関係ないけど」


 リーナクラフトだった。裏拳の一撃で先遣隊の一人を吹き飛ばし、涼しげな表情で佇んでいる。ポケットのスマホが鳴るにつけ、どうやらこれでレベルが上がったらしい。


「な、なんだこいつ?! おいズール、大丈夫か?」


 一応は仲間ということか。駆け寄る同僚に助け起こされるズールとやらは、無惨に前歯が吹き飛んでいた。レベル1でこの威力……いったい全盛期はどれほどの力を持っていたのだろう、このリーナクラフトという女の子は。


「さあ次は誰? どのみちあの巣のゴブリン、全部やっちゃえばいいんでしょ? だったら細かい説明はいーよ。準備運動がてら、ここで全員ピーしちゃう」


 ピー。もしかするとリーナクラフト、いったんスイッチが入ると恐ろしい戦士なのではないか。正直今の彼女に、背後から声をかける勇気はない。下手をすれば巻き込まれてこっちも死にかねないと五感が告げるからだ。


「ま、待ってくれ……ほんの冗談だったんだ。真に受けないでくれ。部下の不手際は詫びる、この通りだ。だから許してくれないか」


 そう白旗をあげ詫びる隊長らしき男。話が分かるのか、既に袖の下も用意している。


「ふーん。ま、クロッチーがいいっていうなら許してあげるけど。どうするクロロ?」


 呼び方のアトランダムは相変わらずだが、いつもと違って目は笑っていない。クロノは頬を引きつらせた笑いで、私は気にしてないです。としか返せなかった。


「オッケー、命拾いしたね。それじゃあ見逃してあげるから、敵地の概略、ちゃっちゃと教えて貰おうか」


 なるほどこれは男顔負け、戦場では少年として通っていたのも分からぬではない。心強い反面、敵に回したら恐ろしい相手だとクロノはごくり唾を飲む。


「あ、ああ……助かる。鉱山は地下五階まで広がっていて、連中のボスは、見立てでは二階に陣取っている。といっても、逃げて帰ってきた女の話だから、全部が全部本当かは分からねえが……」


「なに、これだけ雁首揃えて、相手のボスとも一戦交えてないの? なっさけない! あーあーこんなんで非力な女の子に手を出すとか、吐き気と反吐で大幻滅だなあボクは」


 言うや隊長の持つ袋と地図を奪い取るリーナクラフト。それだけ罵られても微動だにできないほど、ここにいる連中とリーナクラフトとの間には、隔絶たる戦力差が横たわっている。


「お、おい……道案内はいいのか? 迷っても俺たちは……」

「あー、道案内はいらないかな。これ以上しつこいようだと、御礼にキミたちへの地獄への片道切符なんかを、用意しちゃったりしそうなんだけど」 


 無言だった。それからひたすらに沈黙が支配する空間を、リーナクラフトとクロノは歩いていった。こうしてゴブリンの討伐ミッションが始まった。

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