二章09:性転、アレイスターの誕生

「おおーッ! ララちゃんよろしくっ! クロノんもおかえり!!」


 食事を終え宿に戻ると、ひとりはぐれ旅を満喫したリーナクラフトに、ララミレイユが自己紹介を果たす。ついでクロノもステラ・クロウのアバターからホシノ・クロノに戻り、ようやっと本来の性で生を全うできる喜びに震えていた。


「リーナさんよっろしく〜! それからクロノくん? よくわかんないけど、よろしくね!!」


 実はララミレイユ、まだまだ十代の現役JKじゅうななさい。ショップの店員という皮を剥いだ彼女は、ひたすらにあっけらかんとしている。クロノの性別が変わったのも、まあそういう事もあるよねぐらいにしか認識していないのだろう。パリピ怖い……というか、強い。


「あ、一応これからはアレイスター・クロウリーって事でお願いします。ホシノ・クロノだとちょっとこの世界で浮いちゃうので」


「きゃー! すごいですねリーナさん! かっくいー! こーいうの憧れてたんだよね!」

「ふっふーん! 褒めてくれて全然いいぞララちゃんミレイユ。褒美にボクの弟子第一号に任命してしんぜよう!!」


「……」


 誰も聞いてない。一応アレイスターというのはそれなりに有名な現世の魔術師オカルティストが由来で、ホシノ・クロノのスタークロノクロウリーをもじっただけのPNだ。ちょっとシリアス系のソーシャルゲームのユーザー名として、長く使っていたものを、今回は流用させてもらった……最も、今ここじゃ、誰も、聞いちゃ、いないが。


「じゃあね〜クロぴょん! おっやすみー!」

「おやすみなさいクロノくん! じゃね〜!」

「……おやすみ」


 ……結局ふたりとも、まるで興味がないとばかりに好き勝手騒いで出ていってしまった。まあ宿代はあるしで二部屋とっておいて正解だったと改めてクロノは思う。あんな陽キャのオーラに当てられ続けた日には、数日ともたず干からびて死んでしまう。

 

「……はあ」


 うなだれて椅子に座るクロノ。今この部屋には、シャドー状態のノーフェイスと、疲れ果てたホシノ・クロノ改め、アレイスター・クロウリー(笑)しかいない。


「あれ……ノーフェイスは行かなくていいの? あ、そうか……ノーフェイス用のベッド、ララが使う事になっちゃったのか」


 寝る時ぐらいは影を解除してあげたいと思って確保したツインの部屋であったが、ララミレイユが加わった手前、ノーフェイスが身体のままで寝る場所がなくなってしまったのだ。


「はっ。マスターが気になさる事ではござらぬ。いかなる時でも主を守るはシノビの務めでござりますゆえ」

「じゃあせめて、今ぐらいは影を解いて出てきなよ。そして、休んで」

「はっ」


 言うや影を解き現れるノーフェイス。窓から差し込む月光が、前髪に隠れた紫色の瞳を、キラキラと煌めかせる。忍びとして鍛えられた肢体は、貧乳というより、極限まで絞られているという事に、今更ながらクロノは気づいた。


「はあ……ノーフェイスといる時が、一番落ち着く気がする」

「はっ、恐悦至極……そのお言葉が最上の労いにござる」


 クロノに促され、ベッドにちょこんと座るノーフェイス。褐色の肌に黒装束、これはもうその手の趣味の人間にはどストライクゾーンな逸材だろう。


(こ、これはまずい……またいきなり影に戻れとは言いづらいし……)

「どうかしたでござるか、マスター?」


 不安げに覗き込んでくるノーフェイスに、一瞬たじろぐクロノ。なにがマズいってそりゃあ、ソシャゲのキャラを女の子として見てしまうこの瞬間が一番マズイ。これが薄い本ならあんなことやこんな事を云々かんぬんといった所ではあるが、現実でのしくじりは許されない。まだ序盤の序盤で女難でエンドなど、ゲーマーたるクロノには許しがたい不祥事である。


「い、いや……もしノーフェイスに時間があるなら、レベリングでもどうかなって」

「れべりんぐ……でござるか?」


「えっとほら、修行っていうの? 装備も整ったし、あとはレベルを上げればもっと強くなるかなと」

「ははーなるほど。修行でござるか!! さすがはマスター、行住坐臥鍛錬に抜かりがないござるな!!」


 そう、抜きたくなったら走る。ムラっと来たら素振りする。極めて原始的な方法ではあるが、理にはかなっている。ギリギリまで身体を酷使すれば、そのまま倒れるようにターンエンドだ。となれば、リーナクラフトと力量差のあるノーフェイスを育成するのは一石二鳥だ。


「よし……そうと決まれば支度して、シャドー化してから宿を出よう。確かギルドの張り紙に墓所アンデッドの討伐、なんてのがあったから、行ってみればいい経験値稼ぎになるだろう」


 時間の都合で受付には寄れなかったが、この町の冒険者ギルドの討伐依頼自体は何枚かもらってきた。さすがにこんな夜更けに遠方へは出られないから、町の近郊、墓所に出没するというアンデッドの討伐あたりが順当だろう。


「はっ。……こんな良い装備をかたじけのうござる、マスター。では不詳ノーフェイス、推して参るでござる」


 そうして再び影に溶け込んだノーフェイス。クロノもまたアバターをステラに変えると、夜の町に颯爽と踏み出した。――いやほらだって、ここにチェックインする時、ホシノ・クロノアレイスターは連れてなかったから……

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