三章05:激突、バースの風

 まさか二日連続で徹夜になるとは。重い体を起こし外に出たクロノは、ステラ・クロウノーフェイスを連れてギルドに向かう。昨晩はララミレイユのレベリングがてら、近隣の森に現れる人食い花を退治してきたので、その精算の為だった。


 しかしまあ、ドラゴンが出てきた時は驚いたが、いわゆる召喚石――装飾品扱いでほっとした。もしこれからドラゴンを飼育しようとでもなると、宿以外の土地も借りなければいけなくなる。それでは流石に予算オーバーだ。


 あのドラゴンは、普段は宝石としてララミレイユに装備されており、彼女が召喚魔法を発動した場合に限りドラゴンの姿を以て顕現する。そして契約の時間が過ぎるとまた元の石に戻るから、餌や寝所を特別に用意しなければいけないという訳でもない。要はコストフリーのお手軽ステートアップ品だ。


(召喚石は石によって加護やステート付与に差異があり、場合によっては武器としても使用できるスグレモノだ。今後市場や報酬で見かけたら、優先的に回収しておくべきかも知れない)


 と、クロノがいつもどおり雑考を巡らせていた時だった。ギルドのエントランスで何者かにぶつかったクロノは、よろめくと共に怒声を浴びる。


「おいてめえ、どこ見て歩いてんだ!?」


 よく見ればいかつい坊主頭。腕章の柄を見るにつけ、どこかのギルドメンバーに違いない。


「はあ、いやあすみません。ちょっと寝不足だったもので」


 無駄な争いノーセンキュー。クロノは謝罪し通り過ぎようとするが、そうは問屋がオロシガネー。


「おいおい、すみませんだけですませるつもりじゃあねえだろうなあ?」


 おいおい、ここまで来ると当たり屋の類だぞ。周りを見回すが、誰も彼も我関せずだ。いつもの受付嬢も、あさってを見て口笛を吹いている。


「いやあ、すみませんですまない話じゃあないと思うんですが」

「舐めてんのか!? 俺たちはバースの風の団員だぞ?!」


 はあなるほど、バースの風。噂に聞きかじったぶんには、バースロイル最古参の団だというが……正直絡む旨味も時間もまるで無いので、こうして声をかけられるまでスルーしていたのだった。


「私のマスターに、手を出すのは関心できませんね」

「んげッ!!」


 とまあ、非体育会系のクロノは、桶は桶屋と護衛のプロに争い事を任せる。飛んでくる鉄拳、その鉄拳を握って砕き、そのまま関節を決め頭から地面に叩きつける。この一連の動作の中で靭帯と頚椎に損傷を与えている訳だから、このハゲのおっさん、もう暫くは復帰できないだろう。


「ふう……さて、同じ腕章の方がいれば正当防衛で潰してしまいましょうか、マスター」


 コキコキと腕を鳴らすノーフェイス。既にシノビマスターのクラスを解放した彼女は、並の戦士では歯が立たないほどの筋力を有している。


「舐めやがって……」

 

 すると人だかりから二人三人と、バースの風と思しき連中が姿を現す。まあギルド本部で新人を痛めつければいい見せしめになると思った所が、返り討ちにあってしまったのだから、このままではメンツ丸つぶれもいいとこだろう。

 

「バースの風……すでに諜報活動は済んでいます。潰しましょうか、マスター。冒険者同士の小競り合いは、ギルドも黙認するとルールで決められています」


 そう、特にモンスター・ハントの絡むB級以上ともなると、冒険者同士の諍いも絶えない。例えば誰がモンスターを狩ったのか、報酬の取り分はどうするか。獲った盗られた殺った演られた。そんな争いの一々にギルド本部が介入する事はできないから、代わりに強者こそが正義という事で、勝った者の言い分を通すようにルールができている。だから仮に、ここでバースの風を全員潰しても、法的には何のお咎めもない。


「やってしまおうか……どのみち徹底的に潰さなきゃ、またあちこちで妨害されるに決まってる。だったらここで、力の差ってやつを見せつけて、誰が一番を分からせてやらないと」


 いじめに平和的解決手段などない。殴ってきた相手を殴り返し、徹底的に痛めつければそれで終わる。だいたい世の中とは物理で殴るだと理解しているクロノは、ノーフェイスの提案にちゃっかりと乗る。


「ではマスター、不肖ノーフェイス、推して参ります」


 と、ノーフェイスが制圧の構えをとった時である。





「イヤッッホォォォオオォオウ!!!!!」


 聞き慣れた声と共に、黒い物体がギルド本部に飛翔してくる。割れるガラス、響き渡る悲鳴。そして動かない肉塊。


「ねーねーどういう事? バースのなんちゃらとかいうハゲどもがばーっと来てボクの邪魔してくるんだけど?!」


 リーナクラフト・アーメンガードだ。あーバースの連中、よりにもよってリーナクラフトに手を出したのか。なんて命知らずだ。恐らくソロで動いている所を、全員で狙えばとか甘い考えを持ったりしたのだろう。


「キッ、キース……!!!」

 

 あ、あの状態で分かるんだ……駆け寄るバースの風団員の顎を、容赦なくノーフェイスのアッパーが狙う。


「んげっ!!!」

「ちょっと……リーナさんだけに良いカッコさせられないんですけれど」


 見せ場を取られたと感じたのか、ノーフェイスもノーフェイスで怒っている。こうなれば後は修羅場だ。南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。バースの風に幸いあれかし。


 争い事をリーナクラフトとノーフェイスに任せたクロノは、我関せずと外に向かう。確かバースの風のメンバーは公称で100人ちょいだったと思うが、そんな人数であの二人をどうにかできるならやってみるといい。レベリング済みの猛者がいかなるものか、目にもの見せてくれてやる。


 ギルド前の広場に立ち、空を眺めるクロノ。その広場には、ギルドの中から放り投げられた男どもの亡骸(一応生きている)が、次々と石壁にめり込んでいく。これはどうやら僕も防御しないと危ないのでは、とクロノが思ったその時、大きな影がクロノを守り、盾のように身を挺する。


「おっまたせ〜。なんだか面白い事になってんじゃん! 寝坊して損した!」


 サモナー見習いララミレイユである。一晩でドラゴンの使役に成功した彼女は、こうしてクロノを守る為に寝床から馳せ参じてくれたという訳だ。


「まあでももう終わるよ。これで少しはギルド活動が楽になるといいけど」


 この日を境にバースロイル・ギルドでのバースの風の権力は失墜し、代わりにアレイスター・クロウリー率いる謎の一団が、にわかに取りざたされる事になる。


 クロウリーの旅団、ゆえに、黒の旅団。

 誰が名付けたかは知らないが、彼らの名はそのようにして大陸に広まっていく。

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