四章10:勇者、ローエングリンの災難 Ⅰ

「総員、砲列を前へ!」

「第一陣斉射後、第二陣、第三陣と砲撃を繰り返す。決して間を開けるな! 足元を狙え! 失敗すれば……我々は壊滅、後に控えるバースロイルも、甚大な被害を被るだろう」

「了解であります!」


 その頃、メールベル山脈の麓に布陣した南方軍は色めきだっていた。まさかのSランク同時発生。山腹の部隊は殆どが応答を途絶する中、かろうじてゾルド准将の部隊だけが狼煙を上げていた。


「はっ、准将閣下! ご無事で」

「迷惑をかけた。布陣はどうか」


「現在、南方軍の総力を結集し円陣を展開。ランクS出現予測地点に照準を合わせ、出現と同時に斉射を敢行する予定です」

「ご苦労。本国からの増援はどうか」


「はっ、現在勇者候補生が一名、こちらへと駆けつけている最中であります。間に合うかどうかは……賭けです」

「賭け……か。よろしい、我々は時間を稼ぐことに専念しよう。……ただし殺す気でな」

「はっ!」


 アルマブレッサ神聖王国、南方軍即席臨時大隊3100名余を配置した戦列は、ただ一匹の魔物を屠る為だけに砲列を向ける。そして、これだけの兵力を以てして、ようやく足止めができるかどうかだと、ゾルド准将は腕を組む。


(どちらが間に合うかだ……黒の旅団か……勇者候補生か……)


 他のベヒーモスの咆哮が途絶えた以上、あの黒の旅団は、それぞれが単独に近い状況で連中を狩ってのけたのだ。その彼らが一同に介するなら、僅か一匹のベヒーモスなど取るに足らないだろうと……そこまで考えたゾルド准将は、にわかに笑みを浮かべる。


(僅か一匹のベヒーモスだなどと……この状況でよくも言えたものだ)


 現に自分とその部下たちは、尻尾を巻いて逃げ帰ってきたのだ。そしてこれだけの雁首を揃え、それでなお屠り得ぬ化物を前に「僅か一匹」だなどと、あの旅団の活躍を目にしなければ、とてもではないが口にできなかったろう。


「准将! 黒煙です! ランクSです!」

「総員、斉射用意――ってェイ!!!!」


 第一陣、第二陣、第三陣と容赦なく放たれる砲撃の雨。並の魔物であれば、或いは都市であれば、瓦解し崩壊し、目も当てられない様になっている筈の弾雨をくぐり抜け――ああ、それでもなお、やつは。


「目標健在です!」

「第二弾装填完了! 行けます!」

「第二波斉射――ってェイ!!!」


 やつは動く。ああ確かにそうだろう。なにせクラスS、ベヒーモスなのだから。鉄線を越え、柵を破り、防塁を踏みしだき、やつは全速力でこちらに来る。


「弓兵隊前へ!」

「弓兵隊前へ!」

「目標補足! 総員、放て!!!」


「槍兵隊前へ!」

「槍兵隊前へ!」


「槍兵隊、守備陣形、騎兵隊、両端より回り込み標的を迎撃!」

「総員、迎撃用意!」


 矢などで、槍などで、馬などで、気合などで、いったいあの化物がどうなる事か。そんなもので決着がつくのなら、もうとっくに終わっていなければならない。こんな大袈裟な戦モドキなど。




「あーあー、まったくうるさいこって。たかがベヒーモス一匹に、立派な兵隊さんが寄ってたかって」


 そんなゾルド隊長の心境を読み解くように、気障な声が辺りに響いた。――戦場であるにも、関わらず。


「第三十二代勇者候補生、ローエングリン・アガートラム。ここに着任した。道を開けろ。――駆除の邪魔だ」


 馬車を出るや、颯爽と跳ぶ一陣の影。それは流線を描きながら戦陣の只中に降り立ち、迫り来るベヒーモスを前に佇んでみせる。


「害獣確認。これより殲滅する。我がアガートラムよ、呼びかけに応え、現われよ」


 ――刹那、ローエングリンを名乗る少年の、銀の腕が光りだす。そしてその光に、こともあろうベヒーモスが慄いた。


「畏れを知るか、智慧なき獣よ。だが既に時は遅い。悔い改める間もなく散り給え。塵ですらないものは、塵にすら還れない――アントウェルペン・アガートラム!!!」


 一撃だった。幾千の砲撃で傷一つなかったベヒーモスを、かの剣は一刀の元に両断した。いななく悲鳴もなく、ただSクラスの魔物は、光の中に消滅したのだ。


「――やった」

「やった、やったぞおおお!!!!!」

「ベヒーモスが倒れた!」

「勇者様、勇者様バンザイ!!!!」


 瞬く間に広がる歓声。そしてそれを善しと宥めるローエングリン。ここに混乱は集結し、王都の威光は再び取り戻されたのだ。


 ――しかしローエングリン・アガートラム。第三十二代勇者候補生は、この時まだ気づかなかった。今まさに戦場に飛来した、ドラゴンを駆る少女の、その怒りに。

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