四章11:勇者、ローエングリンの災難 Ⅱ
「あー、ただの服屋にベヒーモス退治とか、ちょっと無理ゲー過ぎるんですけど……」
まあ、それでもやっちゃうけどねと付け加え、ララはドラゴンを駆り、眼下に転がるベヒーモスの遺骸を見つめる。
「でもリーナは二体を同時に相手する訳でしょ……なにこれ、あたしの活躍目立たなくない? それはちょっと悔しい的な……」
実際、ソロでベヒーモスを屠るというの大いなる偉業である。しかして当の本人はそれをそこまでの事だとは捉えていない為、結果このような発言になる。他所でクロノらが、或いはグスタフが、南方軍が、たった一匹のベヒーモスにどれだけの犠牲を強いられたのか、彼女はまるで理解していないのである。
「あ〜あ、勇者と張り合うとかほんっと、ありえない話なんだけど……まあそこは、惚れちゃった女の弱いとこだよね〜……」
言うや「うっし!」と自らに活を入れ、ララは残りのベヒーモスがいないか、空の上から見回して回る。……お、いたいたいたいた。一匹だけ山の下に駆け下りるベヒーモスの影を、ララの双眼は確かに捉えたのだった。
「言っくぞーアステリオ! 恋する乙女は一番じゃなきゃヤダってとこ、いっちょ見せてこーぜええ!!!!」
そして飛んで、翔んで、ララがようやっと麓にたどり着く一歩手前。
「畏れを知るか、智慧なき獣よ。だが既に時は遅い。悔い改める間もなく散り給え。塵ですらないものは、塵にすら還れない――アントウェルペン・アガートラム!!!」
――ベヒーモスの消失。
追っていた獲物が眼前で横取りされた事に、ララは如何ともし難く納得していなかった。
「ちょっとあんた!!!」
「む?」
歓声の只中に立つ青年――、それはローエングリン・アガートラムだが――、ララは、第三十二代勇者候補生に颯爽と噛み付いた。
「あたしの獲物を横取りするとか、どーいうことッ!? これじゃリーナより目立てないじゃない!!」
「いや君……いきなり現れてなに言ってんの? 僕は第三十二代勇者候補生の、ローエングリン・アガートラムだよ? それも歴代屈指の実力とされる。――あー、それともサインが欲しいのかい? だったら後にしてくれ……今僕は……」
「はっ……黒の旅団の……察するに、山上のベヒーモスは討伐できたようだな……ありがとう。恩に着る」
すると何がなにやらといった様子のローエングリンを制し、ゾルド准将が声をかけてくる。そしてその何気ない会話を、聞き返すのはローエングリン本人だった。
「ン? ベヒーモスの討伐? それなら今、僕がちゃっちゃと……」
「はっ、アガートラム卿。この度は六体のベヒーモスが同時に出現し、うち五体をこちらの、黒の旅団の方々が討伐してくださったのです」
「は? ベヒーモス六体? うち五体??? 何かの見間違いでは? だってこの子、普通の女の子じゃん」
前髪を気障にいじりながら、ローエングリン・アガートラムはおどけてみせる。そしてこの演技が、ララの怒りにさらに油を注ぐ事になる。
「ふっつーの女の子? へー、じゃあちょっと立ち合ってみる? まっさか勇者様がこわーいとか言い出さないよね〜!」
「ムッ……君、ただの女の子に、栄えある勇者が剣を向けると思うかい? ほら、ドラゴンなんてとっとと閉まって、田舎にお帰りジャリガール……ん、ドラゴン? ドラゴン????」
自分で言って目を丸くするローエングリン。それもその筈、大陸広しといえど、ドラゴンを付き従える召喚術師など聞いた事がない。……いや聞いたとしても、それは遠い遠いおとぎ話の世界の話だ。
「ふむ……ドラゴンか。面白い、その力……あるいは我がパーティにふさわしいものかも知れない。いいだろうジャリガール。剣を抜き給え」
「目つきが変わったわね……オッケー、やりましょう」
「ちょ、ちょっとふたりとも……そういうのは……」
間に割って入ろうにも入れないゾルド准将と、いがみ合うララ&ローエングリン。そして決戦の火蓋は、ララの一撃から始まった。
「それじゃ行くよ! エンチャント!!」
ララの一言で炎を纏う刀身に、ローエングリンが身構える。
(火のエンチャント……魔法剣士か? だがこの魔力、既に熟達の魔道士を凌駕している……詠唱破棄……いや馬鹿な)
「っせーいッ!!!」
「くっ!!!」
銀剣アガートラムが、ララの一撃をかろうじて受け止める。刹那に広がる熱の余波に、ローエングリンは顔をしかめる。
「なかなかやるな……次はこっちの番だ!」
しかし勇者たる者、これだけの観衆の前で恥は晒せない。あくまでも余力を残しているのだという素振りで、ローエングリンは八分程度の一撃をララに向けて繰り出す。
「え……? この程度。お兄さん、本気で来てよ!」
(いや今の結構本気だったんだけど……)
だがローエングリンの一撃は、ララに軽くいなされる。八分程度の、言ってみればついさっきベヒーモスを倒したぐらいの強さで切りかかったにも関わらず、目の前の少女はぴんぴんとしている。いやこれはいったいどういう事か。
「ふふ……流石はベヒーモスを屠ると言われるだけの事はあるね……ならこちらも本気を出させてもらおう」
「っしゃーこーい!」
いやとはいえどうしよう、とローエングリンは思う。まさか女の子相手に奥義っぽいのを出すのも大人気ないし、かといってこのままだと、多分確実に……負けてしまう。
「我がアガートラムよ、呼びかけに応え、現われよ……ウッ」
「あ、ごめん……なんか隙だらけだったから……」
(うう……いや詠唱中とは言っても防護結界発動してるんだけど……どうなってんだ……しかも軽い一撃っぽい雰囲気だけどめっちゃ痛い……おえ……)
嘔吐感を必死に抑えながら、ローエングリンは策を巡らす。どうにかここいらで終わりにしないと、本当に殺されてしまう。なんで? なんでベヒーモスより強い女の子がこんなとこにいるの……マジで、なんで……
「フフ……やはり……き、君のように可愛らしい女の子に、えげつない……おえっ……奥義を叩きつけるのは……気が引けてしまってね……だが本当にすごい……才能だ……よければこんど……ディナーにでも……招待しよう……」
顔面蒼白である。周りは勇者が遊んでやっていると思っているだろうが、実態は真逆。遊び感覚のララに引き換え、ローエングリンは死力に等しい力を振り絞っている。それでこのざま、この格差だ。
「うーん……まいっか……なんか飽きたし。お……みんなー!」
拍子抜けといった様子のララは、しかして背後にクロノの姿を見つけおおいに微笑む。手を振る少女の背中を見るローエングリンは、隣に立つ複雑な表情のゾルドに問う。
「あれが……黒の旅団か……?」
「は、あれがアレイスター・クロウリー率いる黒の旅団です」
見る限り、明らかに猛者という雰囲気はない。特に団長と呼ばれるアレイスター・クロウリーは、いたって貧弱な少年という印象だ。それに隣にたつ地味な女の子も。
(もしかすると、あのドラゴン使いの子だけが特別なのでは……?)
いやそうだ、そうに違いない。ローエングリンはそう自らに言い聞かせて、さあ挨拶だとばかりにアレイスター・クロウリーに歩み寄っていく。
「ははは……君が黒の旅団団長、アレイスター・クロウリー君だね。政府への協力、心より感謝申し上げる。しかしこれだけ貧相な体つきで、よくもベヒーモスを」
と、ローエングリンが差し出した手をとったのは、アレイスター・クロウリーではなく、隣に立つ地味な眼鏡っ娘だった。
「貧相な体つきで失礼致しました……私の、マスターが」
(な、なんだこの力……いやまって……この子こんな強いの……)
俄に向けられる、ノーフェイスからの鋭い殺気が、一瞬でローエングリンの戦意を削いでしまう。
(……こ、この子の見た目でこんなに強いんだったら、他の連中ってどうなってるんだ……? じゃああの老騎士だって絶対強いし、あのお姉さんとかヤバそうだし、そいつらを束ねてるこの団長ってのは……)
「はは……ちょっと言いすぎてしまったようだ……すまない」
「いえいえ、僕も魔術が本分なもので、腕のほうはからきし……どうかお気になさらず」
アレイスターの社交辞令に救われたローエングリンは、深くため息をつき踵を返す。その顔は脂汗と畏れでびっしょりになっていた。
(いやほんとあいつらマジでなに? っていうか、勇者ってなんだよ……俺っていったい……)
ともあれベヒーモスの群れは一掃されたのである。その夜は飲めや歌えやの宴が、夜遅くまで繰り広げられたのは言うまでもない。
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