一章07:性別、ステラクロウの変更 Ⅲ

 様々な恥辱を経て、ホシノクロノはベッドにいる。従者ステラという立場から、当然の如くリーナクラフトと同室にされたクロノは、しかして彼女がくーくーと寝息を立てるのを横目に、ようやっと思索の海に沈む自由を得ていた。


 一日、という短時間には不相応な急展開。異世界にスマホを持ってただ一人佇むというスタート地点を考えれば、今宵に上等なベッドで眠れるのは充分な成果と言えよう。ガチャもリセマラの必要なく高レアリティを引当て、これがソシャゲであれば順風満帆な出だしである。


 ――が。問題はそこではない。これはソシャゲなようでソシャゲでない。ありふれた和製ファンタジーの様相を呈しながら、RPGでもない。どうやら恐らく、まず間違いなくこれは人生だ。純然たる第二の生だ。


 住民たちはNPCではないし、触れる建物も食べ物も、その全てが生々しいほど実感を伴っている。――とどのつまり端的に言えば、日常にソシャゲの要素が取り込まれた以外は、やり直しの効かない人生とは何ら違いがない。


 そして、やり直しが効かないであろうにも関わらず、情報がない。見聞の限りでは、この世界には魔王がおり、その対として勇者が存在するが、魔王の討伐には至っていない。勇者とは託宣や予言、世襲によって選ばれるものではなく、アルマブレッサ神聖王国とやらに自薦あるいは他薦の末に晴れて公認される必要がある、という程度だ。


 まあそこは、和製ファンタジーに慣れていれば想像の余地がある。順応も難しくはないだろう。しかし肝心の、新しい日常に付与されたソーシャルゲームの要素について、何らの説明書も存在しないのだ。キャラクターを召喚する為に必要な絶唱石、その石をどう手に入れるかも判然とせず、ただただタイトルとおぼしき「ロストヒライス」という単語だけが示されているという惨状だ。


 ――ロスト。それは分かる。失われたという意味合いで、和製ゲームではしばしば使われる単語だ。だがヒライス、これは分からない。もしネットでググることができたのなら、候補となる言葉を探すことも出来たのだろうが……残念ながら、今のクロノには成しえない芸当だ。

 

(レベル、ステータス、親密度、それらの数値は参照できるようだが……)


 今の所、プロフィールやキャラ画面で自身とリーナクラフトのステータスについては把握できる。今日は飯を食って寝るだけなのだから、当然の如く経験値は貯まらず、ゆえにレベルアップもない。レベルアップ時の体力回復機能でもあれば……と思うところではあるが、スタミナやAP、行動力に類いする数値は見て取れなかった。


(やはり僕自身がナマモノだから、という事になるのか……?)


 要は自己管理しなければ、風邪も引くだろうし体調も壊すだろうという事だ。リンゴやドリンクで即時回復できれば、レベリングも容易なのではと一考を巡らすところではあったが、どうやら中々に難しいらしい。


 いずれにせよ、明日から早速討伐任務が始まる。入浴時のゴタゴタで食事の席の打ち合わせをまるで覚えていないクロノだが、それはそれとしてやるべき事は見えてきた。


 現状、リーナクラフト単騎でどこまで戦えるのか。経験値の入る要件はなんなのか。すなわち戦闘不能程度でも入手できるのか、絶命まで追い込まなければならないのか。


 レベリングに必要な戦闘数、クロノ自身の活動限界。絶唱石の入手方法。――もし次の召喚まで多大な時間を要するようなら、生身の人間を戦力としてスカウトするケースもあり得るだろう。そう、何百人の英雄を召喚し扱うというパターンは、ひとえに商業ソシャゲであるからこその枠組みだ。先入観にとらわれていては、魔王を打倒する事もなくこの世界で終わりを迎える顛末になりかねない。


 冗談じゃない、それだけは御免こうむる。まだ手を出していないソシャゲも、極めていないソシャゲもたくさんあるんだ。


 クロノは大きく深呼吸し、そこで自身が女性ステラの身体のままだった事を思い出し、慌てて男に戻して、そして寝た。

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