二章03:殺手、ノーフェイスの推参 Ⅰ

「リーナクラフト様!」

「勇者様バンザイ!!!」


 山を下り村に入るや、英雄リーナクラフトを称える声はほうぼうから聞こえ、やがてそれは喝采となって周囲を包んだ。それもそのはず、王都より遥か遠いこの僻地には、充分な兵力が回される事がなく、ゆえに人々は魔族の驚異に怯え続けていたのである。それを僅か半日とせずに解決に導いたリーナクラフトが、歓迎されない訳がない。


「やっほー!!! みんな元気だね! ボクこういう雰囲気すきだな〜。クロノっちもそうだよね?!」


 先刻までの鬼神めいた雰囲気はどこへやら。リーナクラフトは平素のウザく元気な天然娘に戻り、あちこちではしゃぎ回っている。これを迎える大人たちも、始まりこそ半信半疑だったものの、救出された娘たちの証言から認識を改め、今や村を上げての歓待ムードに変わっている。


「はいリーナ様。私も皆が救出されて嬉しいです」


 と。クロノことステラ・クロウは従者として言葉を返す。まったく、こんな事なら初めから男のままで良かったと後悔するも、時すでに遅し。クロノもまた宴席に加えられ、飲めもしない酒を前に困惑の表情を浮かべる他ない。


「くはーっ!!! 仕事の後のブロレッカはたまらなーい!!!!」


 そんなクロノの隣では、またよくわからない飲み物をリーナクラフトが飲み干している。ぱっと見バリュームじゃねえかってぐらい白いべとべとしたそれは、ざっと周りを見渡しても、この勇者様しかお召し上がりでない。


「ほらほら嬢ちゃんも一杯どうだい? ご主人様がああ飲んでるんだ、今日ぐらい羽目外したって構わねえだろ?」


 ああまったく、なんだってどこもこう世の中は酒、酒、酒なのか。そもそもこちとら未成年だし、もしここで飲んでしまったら、表現上の云々かんぬんで規制されちまうじゃねえかバーロー。


「い、いえ、私は勇者様をお守りをする立場ですので……」

  

 が、気がつけば飲んでいる。あれ、僕ってば押しに弱いな意外と……まああれか、郷に入っては郷に従えというし、大麻が違法な国もあれば合法な国もあるし……いっか別に……だってここ、異世界だし……日本国憲法とか関係ないし……


「じゃ、じゃあちょっとだけ……ぐびぐび……ぷはー」


 おいしい……お酒なんて飲んだことないけどおいしい。ていうかこれお酒なのかな……頭がちょっとぽわぽわしてきて……いやいや、酒に飲んでも呑まれるなってなんかいろんなひとが言っていた気が……


「おーっ、良い飲みっぷりだねえ、ほらもう一杯」

「ん……ぐびぐび……んー」


 ま、まずい。このままでは呑まれる。そしてこのまま薄い本みたいにあんなことやこんな事をされ、信じて送り出した地味な幼馴染がうわああああみたいな展開になってしまうのだ……い、いやだぞそれは。


「う、うう……私はもう大丈夫です……す、少し涼んできます」


 なんとかよろめきながら、おっさんの手を振り払ってふらふらと歩くクロノ。危うい、誠に危ういところだった。クラスに一人はいるであろう、あいつあんま可愛くねーけど頼んだらヤラせてくれんだよな〜、みたいなポジションに落ちぶれるところだった……なんて恐ろしいんだ異世界。


「と、とりあえず人気のないところに行こう。祭の雰囲気は危険だ……」


 かくて祭りの輪から離れたクロノは、ふらふらと人気のない墓所にたどり着いた。これが素面なら怖いしブルっちゃうし絶対に来ないところなのだが、なんとも酒の力は恐ろしい。


「う〜。ヒッ……」


 並び立つ墓石の中でも、ひときわ大きいオベリスクに寄りかかったクロノは、そう言えばと、昼間手に入れた絶唱石について思い出す。


「も、もしかして……今引いたらすごいの引けるんじゃ……」


 確かにクロノは、いっとき10連ぶん30個を貯めようと決意した……ような気もする。だが冷静に考えれば(冷静に考える力など、今のクロノにはないが)仲間がリーナクラフトしかいない現状は心もとない。というか、ちょっとした雑用や相談できる参謀みたいなのが欲しい。幸いにここは墓所。これらが何かの触媒となって、すごい英霊を引き当てられるかも知れない。


「や、やっちゃおうかな……ピッ」


 やってしまった。人は疲れた時、酔った時、絶望に打ちひしがれた時、歓喜の絶頂にある時――、すなわち畢竟するに、冷静な判断力を欠いている時、ついガチャを回してしまう。不幸の埋め合わせに、或いは幸福の延長線上に、なにか途方もない当たりがあると心のどこかで信じこんで。


「や、やってしまった……」


 ……

 …………

 ………………


 しかし画面が光を発したきり、リーナクラフトが出てきた時のような口上も何も聞こえない。まさかはずれという概念もあるのかと血の気の引いた表情でクロノは周囲を見回すが……やはり人影はない。というか、人影が見えるほど明るくない。


「え……ここどこ?」


 血の気が引くと同時に酔いも冷めたステラ・クロノは、今度はにわかに怯えだす。なにせ周囲は墓石の山だ。まともな神経なら怖くないほうがおかしい。


「か、帰らなきゃ……」


 遠くに灯りと、人の騒ぐ声が聞こえる。恐らくはあそこが村の中心部だろうと目星をつけ、クロノが歩き出そうとしたその時。


「……もし」

「はい……?」


 気のせいか、もっともっと近くで人の声が聞こえた気がして、クロノは振り向く。だがそこには当然の如く墓石以外になく、クロノは背筋をぞわりとさせる。


「……もしもし」

「ひいっ!」

 

 クロノは飛び退いてしりもちをつき、運悪くステラ・クロウ――、すなわち女子用の制服を着ていたが為に、恥ずかしい場所をあけっぴろげにしてしまう。


「もしもし、我がマスター

「は……ああっ!!」


 よく見れば、オベリスクの前に黒尽くめの誰かが立っている。酔いが冷めたとはいえ、素面には程遠い状況、クロノは声をかけられるまで気づけなかったのだ――、その存在に。


「拙者の名はノーフェイス。すでに亡き国より推参し、忍びの者にござる」


 どうやら引けていたらしい。すでに亡きという前置きから、亡国の英雄か何かだろうか。情けない態勢のまま、しかして根が男である為にそのままスマホを開くクロノの眼前に「☆3」の表記が止まる。


(こ、これは待ちに待った低レアキャラでは??)


 待ちに待ったというか、まだ二回しか召喚していないのだが……ともあれソシャゲの定番として、序盤を支えるのは低レアキャラと決まっている。そして中盤あたりから徐々に高レアリティのキャラに乗り換えていって、晴れてボスと対峙するのだ。


「や、やった……ノーフェイスさん、よろしくお願いします!」


 そう言って立ち上がるステラ・クロウ。もう仕草が女の子よりになっている事を、気づいていないのは本人だけだ。


「は、拙者はただの影。全てはマスターの采配の元に」


 言うや即座にクロノの影に溶け込むノーフェイス。随分と無口なのかなあと推し量るクロノだが、もう一人の仲間が騒がしいリーナクラフトの手前、このくらいのバランスがちょうどいいと一人頷く。なにより、帰る時に一人増えていたのでは、コーンビスにも説明が難しかろう。




「お、シノちゃ〜ん!!! おっかえりーーーー!!!」


 すっかり素面の状態で宴の席に戻るクロノを、できあがったリーナクラフトが笑顔で迎える。……いやできあがったとはいえ、テンション自体は平素とまるで変わらないのだが。


「どこほっつきあるいてたのさ〜。お姉さん、寂しかったぞ〜!」

 

 そして訪れる、ラッキースケベな無自覚乳圧。甲冑を抜いだリーナクラフトのたわわは、見事にクロノの顔面を埋め尽くした。


「むむむ……リーナ様、やめてください〜」


 すっかり板についた召使い役。果たしてこれでいいのかマスタークロノと言いたいところではあるが、やがて祭はお開きになり、リーナクラフトとクロノは、安らかな寝顔の死体のようになって屋敷へと帰ったのだった。

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