二章04:殺手、ノーフェイスの推参 Ⅱ

「う〜ん、はっ……」

 

 翌朝、クロノはこれまでにない重い瞼に慄きながら身体を起こす。どうやらこいつが二日酔いとかいうやつらしい。


「おはようございます、マスター」


 そして目の前にはステラ・クロウがいて、恭しくお辞儀をしている。まったくよくもまあ働くものだ。自分はこうして酒毒に蝕まれ酷い有様だというのに。


「……ん?」


 何かがおかしいと、さしものクロノもようやく気づく。なぜならステラ・クロウとは自分であり、その自分は今こうしてベッドの中にいるのだ。だから、どう考えても、目の前にステラ・クロウがいる訳がない。


「ええっ???!!!」


 バサッと起き上がり、洗面所へと駆けるクロノ。果たして鏡の中には、やはり自分自身である、ステラ・クロウが映っている。――平素よりクマが濃く、いかにも疲れていますといった様子だが。


「マスター。もし、マスター」


 すると追いかけるようについてくる声の主も、ぬっと鏡の前に姿を現す。果たしてそこには、唖然とするステラ・クロウと、その背後に立つステラ・クロウという異質な構図が描かれていた。


「え、ええっ?? 僕が、二人??」


「申し訳ございませんマスター。少々説明が遅れました。私――、いいえ拙者は、ノーフェイス。昨日拾って頂いたしがない忍びでございます」


 一礼したステラ・クロウ――、もといノーフェイスは、昨日会った時と同じ(最も暗くてろくに分からなかったが)黒装束で跪く。……あれ、よくよく見ると、女の子だこの子。


「あ……ノーフェイス……さん」


 そういえばという感じで他人行儀なクロウ。そもそも昨晩は酔っ払っていて、ノーフェイスを引いたこと自体、うろ覚えな夢の一幕でしかない。


「は、ノーフェイスにございます。マスターがお休みでいらっしゃいましたので、某にて姿を象らせて頂き、午前中の所務を終えたところにございます」


 なんと、なんとなんと、このノーフェイスとやら、どうやら変装のスキルを有しているらしい。ガンガン行こうぜリーナクラフトが頼もしいのは無論だが、今後正面突破が難しい局面で、このノーフェイスのスキルは大いに役立つ事だろう。にわかに冴えを取り戻しつつあるクロノの脳は、これはこれで当たりを引いたと算盤を弾く。


「つまりノーフェイス、キミは僕……ステラ・クロウのままで生活する事も可能なのかい?」


「は。ご主命とあらば、時間に制限なく姿を象る事が可能でございます。なにぶんマスターと某は似た背丈ゆえ、他の擬態に比べれば誠に容易かと」

 

 これは占めたとクロノはほくそ笑む。つまりこういう事だ。ノーフェイスを影として従えた状態で外に出向き、アバターを男に変更。ここでノーフェイスをステラ・クロウに変え「新メンバーです」という体で本来の身体、ホシノ・クロノを連れてくればいい。これで晴れて女子高生……じゃなかった、なんちゃって召使いの役職から開放されるのだ。やったぞノーフェイス、隠密御庭番、万々歳。


「ときにノーフェイス。いま君は、似た背丈と言ったけれど、全然違う大人だとか、おっさんだったり別の生き物にも姿を変える事ができるの?」


「は。標準的な成人男性ならばある程度は可能かと。しかし身体能力や擬態の持続時間は短く……体積の二倍を超える相手には、擬態できかねる点はご了承願く」


 なるほど要するに、大柄で肥えたおっさん……コーンビスクラスとなると難しいという訳か。なにせこのノーフェイス、実際かなり小柄で細身だ。


「ふむ……ほかにノーフェイスの特技ってある? ほら、忍びっていうからには潜入だとか、暗殺だとか」


「は。昨日お会いした時のように、拙者は影に溶け込む事が出来ますゆえ、並の人間ならば、容易に屠れるかと」


 これは心強い。要人の暗殺任務、敵対勢力の抹殺。情報の収集に潜入工作。たとえばコーンビスの屋敷を徹底的に洗い出して、あわよくば弱みを握るという事だって可能な訳だ。


「わかった。ノーフェイス、本当に心強い力だ……これから暫くは、僕の影となってついてきてくれ。そして何かの任務で外に出た時、僕は僕の姿を変える。そこから君は、ステラ・クロウとして振る舞って欲しい」


「?」


 ちんぷんかんぷんといった様子のノーフェイスに、論より証拠かとクロノは頷く。スマホを取り出し性別変更。これでサクッとホシノクロノだ。


「は!! マスター、そのお姿は!!!!」


「そう、これが本来の僕、ホシノ・クロノ。女の子の姿でこの屋敷に来ちゃった手前、元に戻れなくて困ってたんだ。だからノーフェイスが来てくれて本当に助かった」


「ななな……なんと、マスターは变化の術も嗜まれ申すか……これは、これは素晴らしい化け学。いったいどういった手合のものでござろう???」


 と。クロノの言葉もどこ吹く風で、目を輝かせるノーフェイス。おお、メカクレ系かと思いきや、前髪から覗く瞳はなんだかかわいい。


「いや……化け学とかそういう大層なものじゃあないんだ。え、あの、ノーフェイス?」


 明らかに馬耳東風。クロノの身体をぺたぺたと触るノーフェイスの顔は、もうあと数センチでアレな感じになるぐらい近い距離にある。


「マスター……すごいでござるなあ……」


 やばいぞこれ。なんか勘違いされてるけど、高感度っぽいのはすごい上がってる気がする……この子、リーナクラフトとは別の意味で怖いかもしれない。


「フフ……君ほど多様なマネはできないけど、マスターとして性別を変えるぐらいならなんとかなるよ。ただこの世界に落ちた時の記憶喪失でね……方法までは分からない」


 大嘘である。だが嘘もまた方便である。いちいち馬鹿正直に詳細を話して世の中渡りきれるほど、現実は甘くない。


「ははーっ、なればマスターの記憶が戻れば、この変化の術の絡繰も、分かり申すでござるな!!!」


「あ、ああ。だから一緒に、魔王を倒す為に頑張ろう、ノーフェイス!」


「は! このノーフェイス、マスターの為に身命を賭す所存! 何卒よろしくお願い申し上げまする!!!」


 こうして悲願だった低レア、それも隠密特化の貴重な仲間が、クロノのパーティに加わった。なおこの事実を、現在絶賛就寝中のリーナクラフトは知る善しもない。

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