二章06:買出、バースロイルの漫遊 Ⅱ

 商業都市バースロイル。王都とコーンビスの領地を結ぶ要衝に位置するここは、界隈では最も栄えた都市らしい。実際これまで歩いた村々とは比べ物にならないほど、人の往来は多い……それでも、かのトーキョーシティの数十分の一といった程度だが。


「イヤッッホォォォオオォオウ!!! ごはんごはん! ねえポチクロ! ボクごはん食べてくるね!!!」


 着くやいなやガバっと目覚め、クロノから金の入った袋を受け取って駆け出したのはリーナクラフト。駄目だこいつ、ハナから真面目に装備品見ようなんて気がねえ。取り残されたクロノは、ため息を吐きながら背後のノーフェイスに告げる。


「……とまあ勇者様はあんな感じですので、私たちで回りますか」

「はっ」


 そして始まるショッピング。実際には二人だが、はたから見れば歩くのはステラ・クロウただ一人。時折周囲から向けられる奇異の視線に、クロノはようやっと、自分が周囲と異なる女学生服とやらを着ている事を思い出した。


 そういえば、転生したばかりの頃はフードで身体を隠していたが、最近は忘れていた。――とはいえ魔物の討伐に直後の宴会と、非日常の連続だったのだから仕方がないといえば仕方がないが。

 

「……先に私の服を探しますね」


 ここまで来ると言葉の使い分けが面倒だと、ステラ・クロウにキャラクターを統一したクロノは、軒を連ねる服飾雑貨の店から一つに足を踏み入れる。


「いらっしゃいませ〜」


 カランとベルが鳴った瞬間、はきはきとした声の店員が出迎える。ああ入る店を間違ったかなとクロノは内心で舌打ちするも、さすがに何も見ずに引き返すこともできないと進む事を決める。


(……苦手なんだよなあ、店員とエンカウントする店)


 RPGにはシンボルエンカウントという概念がある。洞窟やダンジョンで敵に見つかると、それに追いかけられ接触した瞬間にバトルとなる。ブティックの店員もこれに似ている。来客を見るや声を上げ襲いかかり、あの手この手で商品を買わせようと呪文を放つ。


(さ、さしあたって声をかけられる事はないか……)

 

 横目で見る限り、店員はニコニコと微笑むきり何も言わない。ほっとして服を見繕うクロノだが――、さっぱりこの世界の流行とやらが理解できず、呆然と立ちすくむほかない。……いや平素からさして敏感な部類ではないのだが。


「お客様〜。どういった服をお探しですか〜」


 だがしくじった。これだという目標もなく目を泳がせるものだから、格好の獲物とばかりにターゲッティングされてしまった。おまけに立ち位置的に、店員を倒さなければ出られない構図だ。完全に嵌められたというべきか、判断が甘かったというべきか。男女いずれのアバターにせよ陰キャ丸出しのホシノクロノは、こういったとき間違いなくカモネギ扱いされる事実を理解していた。


「あ……はい……この世界の……いえ、この辺りで流行っている服にしたくで……」


 よく見れば店員、というかお姉さん。相当な美人だ。なんかすごいいい匂いがするし、雰囲気とオーラだけで圧倒されてしまう。たぶん自分には一生涯縁のないタイプなんだろうなと思うと、地味さ加減丸出しのステラ・クロウが、急に恥ずかしい存在のように思えてしまう。


「あ、ってことはキミ、他の国から来たの? わたしはかわいいと思うけどなあ、その服。ああ、でもこんな田舎町じゃ目立っちゃうか。いいよ、それじゃ何か適当に見繕っちゃうから。今日の予算だけ教えて。――ああ大丈夫、そんな高いの選ばないから」


 身体をかがめて、クロノと同じ視線に下げて話してくれる店員さんは、思ったより気さくだった。だいたい女の子向けのお店の店員といえば「ただいま〜お時間限定の〜タイムセールでーす!!!」など声を張り上げているイメージしかなかっただけに、この対応はありがたい。


「あ、はあ……実は引っ越してきたばかりで、相場というか、そういうのも全然わからないんです……普通に、私ぐらいの子が着ている服の値段でいいので……お願いできますか」


 いやマジで全然わからんかった。そもそも最初は武器道具を見繕うつもりだったし、RPGの店員が話しかけてくるという想定をまるでしていなかった自分の落ち度ではあるのだが……NPCらしい不気味な住民がまるでいない世界の事だ、文化や風習が違う以外は、現実世界とさして変わりがない事を推し量っておくべきだった。


「わかったよ〜。ん、名前はなんて呼んだらいいかな? ちょっとナチュラルめの服にするから。うーん、スタイルもいいし、素材も悪くないからな〜。まあでも最初は無難に、こんな感じのでどうだろ?」


 クロノがステラで、と一言自己紹介を挟む間にも、店員さんは次々と服の候補を挙げてくる。他にも普段よく行く場所(クロノはこれに山や野原と答えた。さすがに洞窟とは言えなかったが、任務で赴く可能性が高いからだ)住んでいる環境など、いくつか質問される。プライバシーの問題ではと思わなくもなかったが、つい雰囲気に流されてペラペラと喋ってしまった。――いやほんと、自分って結構流されやすいな。


「うん、じゃあこんな感じでどうかな? 一つ目は探検用の、丈夫だけど外も出歩けるちょいお洒落めな服。二つ目は普段着。軽く町中に出て、いい意味で溶け込む服。三つ目はお出かけ用。大切な誰かとどこかへ〜なんて時に、とっといてね。部屋着は〜、いるかなあ。動きやすくて乾きやすい、これは利便性全振りのだけど」


 早い。この間わずか数分。しかもこちらの情報を探っていたのは、見た目以外に服の用途を調査する為だった。侮れない分析術である。それらをこれだけ好感もって終えられるのだから、この店はきっと繁盛しているに違いない。


「あ、はい……ありがとうございます。ちょっと試着だけしてみたいのですが……」


 とまれ、サイズが合わなければ始まらない。いくら服のデザインがよくても、格好いいモデルが着ているから映えますよじゃあ話にならないのだ。格安衣料品チェーンの広告など大概そうである。おい、実際に着るのは八頭身の外国人じゃねーよと。



 

「ほえ〜」


 そしてこの有様。店員さん……いやここはお姉さんと呼ぼう。着慣れない女の子用の服を着せてもらい、おまけに髪のセットやら軽いメイクまでしてもらって、クロノは鏡に映る自分の姿にため息を漏らしていた。


(は〜、女の子って服だけでこんなに変わるんだ……)


 たぶん麻で編まれた薄いブルーのワンピース。足元は動きやすいサンダルで、目立たないけど可愛らしい刺繍が施してある。ストローハットはどうしようか迷ったが、付きがちな寝癖(アホ毛)を隠すにはちょうどいいと購入を決意。気がつけば一軒目で、両手に抱えるだけの紙袋を持たされてしまっていた。


「ちょっとステラちゃんには重すぎるかなあ。なんならお代は今度でいいから、持ちきれないぶんは置いてく?」


 そんなそんな。これから任務で忙しくなるというのに、次いつ来るかなんざ分からないです。とは言える訳もなく、クロノは全て購入し持ち帰る旨を伝えた。なに、いざとなればノーフェイスを影から出して頼めばいい。


「ふふ、見た目によらず元気なんだね、ステラちゃんは。……はあ、お姉さんももう少し若かったら、冒険っていうのもしてみたかったなあ」


 いったい何歳なんだろうと、思う所ではあるが、傍目には二十代前半といったところだろうか。まだまだ全然若いじゃないですかと言いかけたクロノだったが、どこに地雷があるか分からない。ここは適当に愛想笑いでごまかす事にした。


「じゃ、また来てねステラちゃん。私の名前はララミレイユ・ブーケランド。はい、これはお店の名刺ね。今度は楽しい冒険のお話、きっと聞かせて」


 爽やかな別れ。そしてまた来たくなる細やかな寂寥。そうしてララミレイユと別れ店外に出たクロノは、重大な事実に気付かされた。


(あれ、なんで僕、女の子用の服をこんなにガッツリ買っちゃったんだ?)


 そう、今日のショッピングを終えたら、ぼちぼちホシノクロノに戻ろうという頃合いにである。まあ、財布の中身はまだまだ余裕があるし、これからこの服は「ステラ・クロウ」になるノーフェイスが着込む訳だから、まったくの無駄ではない。そう自分に言い聞かせたクロノは、ようやっと本丸である、武器防具屋へと向かうのであった。

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