四章08:孤軍、ミッドグラッドの奮戦 Ⅱ

 クロノはスマホを確認する。ララ、リーナクラフトは順当にベヒーモスを撃破。この時点で敵単体の戦力は、我々におけるレベル40以下程度であると推し量る。だが問題は相性だ。正攻法で押し通せるリーナクラフトと、ドラゴンによる空からの奇襲が可能なララは別枠。しかしクロノのパーティはというと、対人戦闘に特化したノーフェイスとフェリシアしかいない。


「フェリシア、ベヒーモスに効きそうなスキルは、何かある?」


 現在、フェリシアには魔族化を解除して貰っている。これにより浮遊能力は解放されたが、戦闘スキルは対人特化の、それも補助よりのものばかりである。


「そうですわね……ベヒーモスに魅了チャームの術は無力ですが……或いは、フェロモンを操作する事で、行き先を変える事はできるかも知れません」


「なるほど、浮遊状態でフェロモンを振りまけば、ベヒーモスを誘導できる可能性があるという訳か……」


「はい。ですが、わたくしの飛行高度は数メートル。馬に比べ軌道を変えるのは容易ですが、代わりに直進速度は大幅に落ちてしまいます。そのまま振りまいたのでは、恐らく分とせずにベヒーモスの直撃を喰らい、この作戦は終焉を迎えるでしょう」


「そうか……うまくおびき寄せて、ララと合流すれば勝機も見いだせると思ったが……となると僕たちだけでケリをつけざるを得ないか」 


「ノゥ、フェリシアがベヒーモスを足止めしている間に、あいつの身体に乗って、目を集中攻撃する事はできるだろうか?」


「マスター。御言葉ですが、私にそれができないとでも?」


 フフと笑うノーフェイスは、さも自信ありげといった様子だ。


「すまない……ならそれで行こう。浮遊したフェリシアがフェロモンでベヒーモスを足止めし、僕が魔法で怯ませる。そこでノゥが飛び乗って、ヤツの目玉に一撃を加える。――なにはともあれ、動きさえ遅らせれば、ララかリーナのどちらかとは合流できるだろう。頼んだ」


「はい、マスター」

「わかりましたわ」


 


 馬を飛ばしながらおおまかな作戦会議を終える三人。道中、南方軍駐屯地の壊滅を確認した一行は、フェリシアのガイドのまま、ベヒーモスを追って山を下る。


「人の臭いが致しますわ……それもまだ、戦っている」

「生存者か? 行こう! ノゥ、急いで!」

「はい、マスター」


 すると確かに、途中まで直進していたベヒーモスが、何かの拍子に右に逸れた形跡がある。となると、この先に誰かがいるのか。そうして馬を進めると――果たして。


「人影だ!! 加勢するッ!!!」

「援軍かッ?」


「黒の旅団、アレイスター・クロウリーだ!」

「こちらはミッドグラッドのオルテガ、助勢感謝する!」 


 先に戦っていたのは、共にバースロイルを発った冒険者パーティ、ミッドグラッドの団員だった。見ればベヒーモスの足元には妨害の為の鉄線や、即席のトラップが付けられている。堅実な戦いに定評があるとは聞いていたが、よくもこの状況下でそれを実践できるものだ。


「フェリシア! 頼む!」

「分かりましたわ!」


 浮遊し、一時離脱するフェリシア。ベヒーモスがミッドグラッドから少し離れたのを確認し、クロノは術式を発動する。


「喰らえ――、ファイヤ・ランページ!!!」

 

 セオリー通りなら、獣は炎を恐れるはずだ。最もそれが、この化物にどれだけの効力があるかは分からないが……ともあれ、マスタースキルの中では現時点で最上級の魔法の一つだ。轟音が鳴り響き、上方の木々が焼けベヒーモスの上に落ちる。


「グゴオオオオオオオ!!!!」


 恐らく、さしたるダメージは無いはずだ。だが、僅かでも足を止めることが出来れば……


「グガアアアアアアッ!!!!」

 

 咆哮はやがて悲鳴に変わり、それはノーフェイスが一撃を加えた事を知らせる合図でもある。


「――責任者は?!」

 

 こうなると、下手な魔法の乱射は同士討ちに繋がる。馬を降り駆け出したクロノは、速やかにミッドグラッドのメンバーとの合流を果たす。


「黒の旅団か……こんな有様ですまない。団長のハーミッドだ」

「アレイスター・クロウリーだ。……ひどい傷だな」


「うちのヒーラーが無理してくれちまってな……おかげでこうして生きていられるが……ゲホッ。さしあたって、俺たちに出来たのは足止めぐらいだ。面目ねえ」

「いや、それだけしてもらえれば十分だ……ありがとう。ヒールを発動する。ゆっくり休んでくれ」


 団長を名乗るハーミッドは、既に本来なら死んでいておかしくはない状態だ。隣に立つヒーラーもMPを使い果たしていると踏んだクロノは、応急措置代わりに回復魔法を発動し、踵を返す。


「待て……アレイスター……この先に崖がある……そこまでクラスSを誘導できれば……或いは……」


 返事の代わりに手を振って応えるクロノ。なるほど。そこまで計算しての妨害だったか。となると、さしあたって騎兵のハーミッドが囮役になる算段だったのだろう。それが失敗してあの重症。……問題は崖下に落とした程度でこいつの息の根を止められるかという一点だが。そこは状況次第で判断すべしと、クロノは結論する。


「ノゥ! 個別の撃破が不可能な場合、そいつを崖に突き落とす! フェリシア!!! 誘導を頼む!!!」


 ここから先は保険だ。万が一撃破に支障が出るようなら落とせばいい。視力を失ったベヒーモスなら、あとは数の力でどうとでもなる。――が。


「させるかよッ! 人間の女ァ!!!!」

「……!!!!」


 先刻撤退した筈の……確かスネドリーだったかが割り込んでくる。


「バレバレなんですよ……あなたの殺気は」

「ぐぉッ……クソッ……腕がッ!!! だが、これでッ!!!」


 刹那に隻腕となったスネドリーが、瀕死の状態で姿を消す。流石にもう襲撃はないだろうが……しかしベヒーモスの様子がおかしい。


「ボアアアアアアッ!!!!」


 制御しきれなくなったノーフェイスが弾き飛ばされ、尾の一閃が周囲を一瞬で血の海に染める。足止めの為に展開していた、ミッドグラッドの団員は、叫ぶ間もなく肉塊に変わった。


「リアッ!!! オルテガッ!! くそっ……!」

「しくじった……マスター!!」

「こっちは大丈夫だ、ノゥ! ヤツを崖に落とす!」

「はい!」


 去り際にスネドリーが放った何かが、ベヒーモスに暴走を齎したのだろうか。ともあれこれで猶予は一気になくなった。フェリシアのフェロモンが奏功しなくなった今、クロノはあらん限りの魔力で以てベヒーモスを崖のほうへ追いやる。


「死ねッ!!! 死ねっ!!!! 死ねえッ!!!!」


 クロノは初めてだった。眼の前で人が死ぬのを見るのは。無論、人の死体、廃墟、血の臭い、モンスターの殺戮、そういったものは目にしてきたし、こんな世界で生きる以上、避けて通れないと理解していた。だが人の死、それも敵ではなく味方の死は初めてだった。恐らく警戒はしつつも、心のどこかで慢心していたのだ。チーターである自分たちが、死の危険に脅かされる事はない、と。――それが、こんなにも、あっけなく。


「グゴアアアアアッ!」


 いくら堅牢な皮といえど、最上級魔道士に匹敵する火力の連撃は応えるだろう。徐々に押されるベヒーモスは、逃げるように態勢を変えた。そしてその先には、一人の男が立っていた。


「来いよ化物。こっちだぜ獲物は」

「ハーミッド!!!!」


 ミッドグラッド団長、ハーミッドがそこにはいた。ボロボロの身体で剣を構え、されど闘志は衰えることなく……眼前の怪物を見据えていた。


「ノゥ!」

「駄目ですマスター! 間に合いません!!」

「クソッ!!!」


 ようやっと自身の態勢を立て直したばかりのノーフェイスは、崖に立つハーミッドの救出に間に合わなかった。唸りをあげ突進するベヒーモスの体重に耐えきれずに崖は崩れ……クラスSの化物と、傷だらけの騎士は崖下へと消えていく。




「そんな……僕たちがいながら……」

「マスター、気を落とさずに……どうか」


「僕の作戦が甘かったんだ……そうすれば……!! その子は?」

 

 焦燥するクロノの目に、安らかに眠るようにだけ映る少女の姿があった。


「駄目です……彼女ももう」


 ヒーラーであろう少女は、後方に陣取っていたが為に損傷は避けられたのだろう。しかし転倒時に後頭部を強く打ち付け、そのまま絶命したらしい。


「ヒールは……」

「回復魔法は、死者に効果を及ぼしません」


「どう……すれば……はっ……!」


 思い……だした。10連ガチャ用に細々と貯めていた絶唱石。あれが今、5個ある。そしてこれまでの経緯を考えれば……


「ガチャだ……」

「マスター?」


 リーナクラフト、ノーフェイス、ララにグスタフ、それからetc。これまでガチャから排出されたキャラクターは、ほぼ全てが土地と縁のある者ばかりだった。その方式で考えれば、或いは。


「来いっ、絶唱石!! そして応えろッ!!!!」

 

 クロノは満身の力を込めてスマホを少女の身体に押し付ける。発現する閃光、そして魔法陣。――現れる、人影。


「ムームー・カンパナリア。帰る場所はありませんが、回復魔法なら使えますよ?」


 ――来た。来たぞ。

 クロノは「ヨシッ!!!!」と気勢をあげ、この世界に来て初めて、手を天に掲げた。


「あれ……わたしさっき死んだような……いやでも生きてるし……いや死んでる??? わたしがふたりいる!!!!」


 まだ記憶が混濁としているのか、ムームー・カンパナリアと名乗った少女は、真っ青な表情であたふたしている。それが正しい選択であったかは分からない。仲間を失い、たった一人で永遠の生を受け継いだ少女の、これからが幸せなのかも。ただクロノは、ホシノ・クロノは、心から少女が救われる事を願ってガチャを回した。それだけは確かだった。残るベヒーモスは2体。それぞれの咆哮が、未だ山間には木霊している。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る