四章05:咆哮、ベヒーモスの覚醒 Ⅱ
山頂へと続く道は驚くほど静かだった。魔物の影はなく、それどころか動物の鳴き声ひとつしない。いつ、どこから敵が出てくるか分からない状況下で、総員が戦力を温存しながら進む。
「むー、こういうの向いてないんだけどなー、ボク」
「言うな。ベヒーモスが出たら、いの一番に暴れさせてやるから」
「……ちぇっ、わかったよ」
不満げなリーナクラフトを宥めつつ、ララへの補給も忘れずに進む。先刻ドラゴンを召喚してしまったララの
「あ、ありがとクロノ」
「無駄遣いするなよ」
「うん!」
しかし不気味な平穏もつかの間、やがて魔物の死骸に混じり、兵士の亡骸も混じり始める。いったいここで何があったのか。
「血の臭いです、マスター」
「この先に人と、それから何かの混ざりあった臭いが……」
ノーフェイスとフェリシアが、ほぼ同じに反応を示し、互いに目を合わせる。恐らく戦場が近いのだろう。
「みんな、そろそろ臨戦態勢だ。何が起こるか分からない」
「この先は……確か開けた平原があった筈じゃが……」
ぼそりと呟くグスタフ。先行するノーフェイスが安全を確保し、全員が藪を抜けると……果たしてそこには、グスタフの言ったような平原が待っていた。
「友軍か? よく来てくれた!!! その女を取り押さえてくれ!!! 冒険者のパーティーに裏切り者が混じっていた!!!」
見れば南方軍の鎧を着た男が、眼前の冒険者を指し叫んでいる。状況から察するに、昨日やってきた冒険者の中に魔族に加担する人間がいるようだが……
「嘘です!!! 嘘をついているのはあの男です!! 私は見ました! あの男が魔族と会話し、魔物をけしかけている様を!!!」
だが指された冒険者のほうも、必死の形相で否定する。南方軍の騎士も冒険者の女も、どちらの勢力もそれぞれが一人ずつでしかない以上、即決で断ずるには少々情報が少なすぎる。
「ザキラ!!! 分かった今行く!!! 安心しろ、あれは南方軍の人間だ。とりあえずあの女を取り押さえてから話を聞こう!」
と、ここでゾルド准将の保証が入る。片方が南方軍所属の騎士となると、対する女冒険者の立場はかなり危ういものになる。
「待って! 私はこの村の出身なの! ここにおじいちゃんが眠ってるの! メールベルを愛する人間が、こんな酷い事をすると思う? お願いします! 信じてください!!」
「エミリィ……まさか!!」
だが訴える女冒険者の顔を見たグスタフが、驚いたように口にするのは、孫娘の名だ。これに反応し、ゾルド准将の歩みも止まる。
「な……隊長の孫娘さん……村を出て冒険者になっていたのか……」
弱ったことに、この瞬間にザキラとエミリィの戦端は膠着し、どうしたものかと推し量る空気が辺りに流れる。
「准将!!! そんなどこの馬の骨とも知れない女の言葉を真に受けるんですか? 急がないとベヒーモスが覚醒してしまうんですよ……!!!」
「くっ……」
Sクラスの災厄、ベヒーモスの名を出されると分が悪い。苦渋を滲ませ武器を握りしめるゾルドだったが、その横でフェリシアが告げる。
「あれですわね……人とも魔ともつかぬ、奇怪な臭いの化物は。なんでございましょうか? アレは」
フェリシアが指さしたのは、南方軍騎士のザキラ。かくて腹ただしげに眉をひそめる騎士の胸元を、潜伏を解いたノーフェイスが襲う。
「ちっ……なんだこいつらはッ!! 魔族に裏切り者がいるのか!?」
ダガーが掠り破れた鎧を捨て、不快そうにザキラは吠える。そしてその卑屈そうな顔は、一層の憎悪を湛えて禍々しいものへと変貌した。
「まったく……南方軍の内部から潰そうって腹が、そこの女と訳わかんねえ連中に台無しにされちまったぜ……だがまあいい、仕込みは済んだ。俺の任務はここまでだ」
「な……? 貴様、ザキラではないのか?」
「はは……ザキラなんて騎士、もうこの世にはいねえよ。俺が……殺したからな」
黒ずくめの、現世で言うタクティカルベストめいた一式を着込んだ男は、そう愉快そうに笑った。
「元人間、現魔王軍作戦参謀。
口上の途中である。これがゲームなら、律儀に最後まで聞いてやらない事もない。だが現実である以上は、そのルールに乗る道理はまるでない。驚き慌てるスネドリーを、ノーフェイスの連撃が襲う。
「マジかよ……なんなんだこいつら……?!」
刹那、ノーフェイスのダガーがスネドリーを仕留めたかに見えたが……それはどうやら偽物だったらしい。
「チッ……念の為ダミーを用意しておいて正解だったぜ……予定より早いが……このままだと俺が危うい。――目覚めろベヒーモス共!! 宴の時間だ!!! 存分に暴れ、過分に食い散らせ!!!!!」
そして地に轟音が鳴り響いた。山は唸りを上げ、野は叫び、木々は揺れて震える。――大いなる影、古の巨獣、ベヒーモスを恐れるように。
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