二章11:修行、スライムの討伐

 スライムといえばザコ敵、というのは万国共通?の認識なのかもしれない。しかして、多くのゲームがこぞって「下水道」というルートを採用したがるのかは、クロノには理解できない。なにせ臭い。じめじめして汚い。日本なら3Kと揶揄されて誰も寄り付かないような場所に、なぜか冒険者たちは赴かされるのだ。


「くっさーいー! ねえマジなのステラちゃんっ! こんなところでスライム退治とかっ!!」


 文句を垂れるララミレイユ。いやクロノも十分に文句を言いたい。ゲームの中なら絵の一枚で済むマップも、いざ踏み入れると誠に小汚い。なにせ街中の排水が一挙に押し寄せるのだ。フローラルな香りなどしよう筈もない。


「私だってせっかくの服を汚したくないですよ! でも今のララには、これしか戦える相手がいないんですっ!」


 まあ手配書を見る限り、野盗のアジトなんて任務もあったりするが、こんな夜更けにルーキーな女の子がノコノコ出ていったら、それこそ薄い本展開待ったなしの惨劇である。低レベル冒険者でもどうにかなる相手といえば、悲しいかなこの下水道のスライム程度が関の山という訳だ。


「うう……それを言われるとつらい……いいもん、がんばるもん、あたし……」


 一応は装備一式も持ってきていたらしい。昼間買ったばかりの一張羅を纏ったララミレイユは、及び腰なのを除けば十分に冒険者といった趣だ。


「ふう……もし何かあったら、マスタースキルで支援するから頑張れよ」

 

 と、ここでクロノもアバターを変更する。どちらかといえばステラ・クロウ用装備のほうが高くついたから、要するに服を汚したくないという判断からだ。


「ええっ? ここで男に変わるの? ま、まさかあたしの身体を狙ってっ!?」

「はいはい! せっかくララミレイユさんに選んでもらった女の子の服、汚したくないですからねっ!!!」


「あ……いやあ、それ言われると恥ずいなあ……」


 もっと乗ってくるかと思ったララミレイユは(恐らくは)頬を赤らめるとスタスタ前へ行ってしまった。なるほど、服の見立てを褒められたらそりゃ嬉しいか。


(さて、万が一に備えてのマスタースキル……と)

 

 正直リーナクラフトがチートすぎて、或いはノーフェイスが堅実すぎて、使う間もなかったマスタースキル。スマホの画面に目を落としながら、クロノはようやっとそれをチェックする。


 プレイヤーのゲームへの関わり方はソシャゲによって様々だが、このロストヒライスの場合、プレイヤーを準戦闘員として扱うのが適切らしい。つまり最前線で剣は振るわないが、部隊の指揮官として戦闘に介入、状況に応じて魔法やスキルを駆使する――と。


 クロノが他のキャラクターと異なるのは、レアリティの表記がなく、上限の無いプレイヤーレベルになっているぐらいで、自身が生身の人間という以外はさして変わりがない。問題はこのプレイヤーレベルが何によって上がるのかが全く分からない点だが、せっかくだからララミレイユの支援がてら、上がるものなら上げていこうという魂胆である。


(スキル名、ファイヤーボール。いかにもな感じだが、無いよりはマシか)


 ざっくりとアバターによる変化はないが、支援メインのスキルを覚えていくらしい。――まあ、こんな生身で剣振って戦えって言われても、絶対に嫌だけど。と、クロノが一考を巡らせている間に、前衛のララミレイユが敵に遭遇した。


「うおおっ、スライムだっ!! よしっ、がんばるしっ!!!」


 といっても距離にはまだ余裕がある。俄にボウガンを構えるララミレイユ。――ふむ、スライムとやらをリアルで見るのは初めてだが、こいつはいったいどんな原理で動いているのだろう。指示書にはコアを狙うよう書いてあるが、あの目玉のように浮かんでいるのがそうだろうか。


「あたれっ、あたれっ!!」


 当たらん。そもそも素人のボウガンの当たる訳もなし。速度にすればカメが歩くのとさして変わらないが、それでもスライムとララミレイユの距離は縮まっていく。


「ララっ! コアを狙え!」

「狙ってるんだけどっ!!!」


 仕方がない。こうなればマスタースキルで支援するしかない。くらえ、ファイヤーボール!!!


 ――シュッ。


 あ、外れた。

 いやむしろ、どうやって当てるんだこれ。普通ゲームなら、自動でホーミングしてって当たるやんか。


「なにやってんのクロノっ!」

「まってまって練習だって、ええとほらっ!!」


 いや実際、実戦で当たらないとパニクるものだ。しかして歩きスマホが奏功したのか、画面のカメラでターゲットを指定できる事に気づくクロノ。


「おおっ、異世界スマホ万々歳ッ! おらっ!」


 やはりスマホは有効活用されてナンボである。顔認証な感じでロックオンは完了し、あとはそこに向かって炎の弾が飛んでいくだけ。


 ――ボッ。

 見事にファイヤーボールは命中し、スライムは蒸発して消えていった。あとにぼとりと落ちるコアを、ララミレイユが拾う。


「すっごーい! クロノっ、魔法使えたんだ!?」

「まあ初歩的なやつだけだけどね。……どれどれ、コアを拾って回収してください。コアの数に応じて報酬をお支払いします、か」


 近づいて黒い塊を拾うクロノ。そう言えばゾンビの討伐は何が証拠になるんだっけ。影のノーフェイスに囁くと「目玉でござる。回収済みにござる」との事。まったく仕事のできる忍は違う。


「こっちはなんとなく要領が分かったけど、ララはどうしよう。僕はボウガンの指導なんかできないし、やるならダガーで行くしかない気がする」


「だよねー。ええい、ここで引いたら女が廃る! よしっ来いっスライムッ!」


 幸いに群れというほどのものでもない。そして数体のスライムを倒した所でレベルの変動がなかった事から、クロノはプレイヤーレベルの増減と敵の討伐は無関係と判断し、ファイヤーボールでスライムを弱らせた所でララミレイユにとどめを刺させ、経験値を譲るという手法に切り替えた。 


「な、慣れてきた……気がする」

「よしよし、もうじきレベルが10、カンストだ」


「へ? カンスト」

「ええと、上限ってことさ。おめでとう、もうスライムに負ける事はないだろうよ」


 ララミレイユのカンストはあっけないほど簡単に訪れた。といってもスライムを二十体ほど駆逐した後の話だが。


「どう? あたし、強くなった?」

「うん。これならゴブリン相手ぐらいなら、一人でも倒せるんじゃないかな」


 まあ恐らく、そこらの兵士レベルといっていいだろう。いつ死ぬか分からないスペランカー状態を気にかける必要がなくなった点は、今後の旅において有用な筈だ。


「おおっ! これでまた一歩冒険者に近づいたって訳ね!」

「うんうん、お疲れ様。とりあえずは宿に帰ろう。僕も少し疲れたから一眠りして……」


「ねえクロノ……うしろ」

「へっ……ぬおおおッ?!」

「マスター!!!」


 全ては一瞬だった。振り向いたクロノの前に立ちはだかる巨大な影。要するにBIGなスライム。危機を察知し飛び出したノーフェイスが、二人を抱え後ろに跳ねる。スライムの一撃をかろうじて躱しはしたが、元いた地面は深く抉られていた。


「なんだこいつっ!?」

「なになに、ボスなのっ!?」

「ヒュージスライム。スライムの合成体でござるな……そう大した敵ではござらぬが……この状況では」


 着地しクロノとララミレイユを置いたノーフェイスは、ララミレイユが落としたボウガンを手にするため跳躍する。ヒュージスライムの身体から伸びる幾重もの殴打も、ノーフェイスには掠りもしない。


「マスター!! 火の術の用意を!」

「わかったっ!」


 ボウガンをコアに向けるノーフェイス。クロノが爆煙で表層を削れば、そのぶん矢がコアに刺さりやすくなる。まあそんな流れかどうかは知らないけど、ともかくクロノは、スマホをコアに向け照準をあわせる。


「くらえっ!!」

「あぶないっ!!!」


 だが熱源に反応したのか、これまでの戦術を学習したのか、ヒュージスライムは腕?の一つをクロノに向けて飛ばしてきた。しかして詠唱中のクロノはこれを避けきれず、狙撃の姿勢をとっているノーフェイスも身動きがとれず……割って入ったのはララミレイユだった。


「んげっ!!」

 

 クロノをかばい、脇腹に痛烈な一撃を受けるララミレイユ。華奢で小柄な身体は一瞬で吹き飛ばされ、石壁に当たってびたんと跳ねる。


「ララッ!!」


 幸いにファイヤーボールは無事発射され、それに合わせてノーフェイスが狙撃、コアに致命打が入りヒュージスライムがひるんだところでノーフェイスが追い打ちをかけ、厄介な敵の親玉自体は、既に四散し消えていた。


「大丈夫かララっ!」


 駆けつけるクロノの先では、ララミレイユが虫の息で悶えている。人間だったらとっくにお陀仏コースだろう。


「ええと……ああ、そうか!!!」


 思い出したようにクロノは性別を変え、ステラ・クロウのアバターになる。そう言えば昼間、ララミレイユに装備を見繕ってもらった時、薬草を入れるスペースのある胸当てを買ったのだった。そして当然のように、そこには薬草が詰められていた。


「これだ! いいかララ、死ぬなよ!」


 召喚されたキャラのHPが尽きた時、果たしてどうなるのか気にならない訳ではないが、せっかく手に入れた貴重な仲間である。こんな所で失う訳にはいかないと、ノーフェイスの指示を仰ぎながら塗り込んでいく。


「痛たた……ちょっと調子ノリすぎた……みたいな……」


 強がるララミレイユを、今度はアレイスターのアバターで背負い、クロノは在るき出す。


「馬鹿……まだろくに戦えないのに前に出て」

「戦えるもん……あたしだって冒険者の端くれだし……」


 なんだかいい感じの二人を、荷物を抱えたノーフェイスが追う。


「いいか、強くなるまで逸って前に出ようとするなよ」

「前に出なきゃ、強くなれないじゃん……」


 最後まで強がっていたララミレイユだが、その言葉を最後にくーくーと寝息を立て、どうやら体力の限界に至ったらしい。


「ふう……ノーフェイスもありがとうな。とりあえずララを部屋で寝かして……ああ、リーナのやつ本当によく寝てるよな……」


 ララミレイユをベッドに置いたクロノは、布団をかけた上でマスタースキルの体力譲渡を発動する。これはクロノの体力をそのまま分け与えるだけなので、純粋な回復魔法ではない。もちろん薬草で駄目ならば使うつもりでいたが、飽くまでも最後の手段だ。なにせマスターが死んでしまえば(恐らくは)他のキャラクターも消えてしまうであろうから。


「お疲れ様でした、マスター」

「突き合わせちゃって、ごめん……というか、ありがとう、いろいろと」

 

 自室に戻ったクロノは、倒れるようにベッドに突っ伏した。そして意識はそこで途絶え、次に目覚めたのは翌日の昼だった。

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