来客
「何です? その子」
屋敷に帰宅した俺に投げかれられた質問。当然背におぶる少女の事だ。聞かれるのは分かっていたので、用意していた答えを。
「リザードマンに会いに行ったんだが、ボコボコにされるこいつが目に入ってな」
「文句では無いですけど、エルフィにそういうのは止めろって言われていませんでしたっけ?」
「ああ。言い訳は考えてある」
俺がダンジョンに立ち寄ったのはエルフィが「ダンジョンの仕上がりを確認して欲しい」との頼みがあったからだ。
見た所、設計通り完璧な造りだったが、冒険者の視点からどこで躓くのか教えてもらうために助けた、とでも言っておけばいいだろう。
この子は、内の下男に任せようかと思ったが、残念ながら買い出しに行っているみたいだ。散々泣きわめいて疲れたのか、失ってしまった少女を適当な寝室に運ぶ。生命力を委譲したため、傷はほぼ完治している。それでも、淡い金髪はパサついていて、体つきはほっそりしている。こんな子が人類未踏の階層を探索していた事を考えると、訳ありとしか思えない。
何はともあれ、だ。錬金術で汚れた服を綺麗にし、少女をベッドに寝かすと部屋を出た。
ローブと仮面を脱いで、広間の窓際で本を読んでいると、レティシアが寄ってきて俺の膝にポンと、抵抗無く座った。スキンシップにも慣れてしまったものだ。彼女とは、もう二年くらいになる。距離が縮まった。いや、レティシアからは初めから距離を取ろうとする意図はなかった。俺が一歩引いていた。
なにせ自分はゾンビだから。
最近はそう考える事は減った気がする。取り巻く環境が変わったからだ。周囲にゾンビだからと避けようとする奴はいないし、多種多様の人間が集うセルニーを見渡してみれば、俺みたいな変な奴は沢山いた。勿論、彼らが受け入れられていたかと言うと、そんな事無いのだが。
「ダンジョンはどうだったんです?」
――こいつが一切気にしていないのに、俺が悩んでいるなんてバカみたいだよな。
「いい仕上がりだった。今度見せてやろうか?」
「それはいいですね! あ、血生臭い所は嫌ですよ」
「六階層とか安全で綺麗らしいぞ。青い湖畔があるらしい」
「え……それってダンジョンって言うんです?」
リニューアルしたダンジョンは七階層構成になっている。八階層はエルフィの拠点だ。今は魔獣も冒険者も増加して滅茶苦茶に忙しいらしい。暫く遊びに来れないと泣きそうな顔で言っていた。
勿論、階層が減ったと言っても縮小した訳ではない。趣向が凝らされているのだ。と言うのも、屋敷内会議の提案が採用されたのと、前作と違って設計をしてから作っているため、何もかもがグレードアップしている。
層ごとに、明らかに意図的に魔獣が配置されているのも、エルフィのダンジョン造り技術が上がったからだ。
「タケモトさん、なんか人間の匂いがするんですが……」
窓から侵入――いや、帰ってきたクレイグが早速食い付いてくる。と言うか、吸血鬼は嗅覚まで強いのか。
「なんか、女の子を連れ込んでましたね」
と、変なことを言い出すレティシア。
「何ですかそれ、犯罪の匂いまでするんですけど」
「言い逃れできるって……」
「うわぁ、度しがたいですよ! 言っておきますが、例え世間から上手く逃げ仰せても僕が代わりに裁きますよ」
嫌味ったらしく、かつての俺の台詞に寄せた発言をしてくる吸血鬼と、わざとらしく変な言い回しをするレティシアに、
「お前らいつの間に仲良くなったんだ?」
息ぴったりで首を振る二人の姿に、思わず吹き出しそうになった。
*
目覚めると見知らぬ場所にいた。気を失う前の光景が嘘みたいだ。死んでいない所か身体は傷ひとつ無いし、横たわるベッドはフカフカで、見たことの無い位この部屋は綺麗だった。
感傷に浸っている訳にはいかない。浸っていれば動けなくなる。
音を立てずにゆっくり部屋を出ると、人の声がする方へと階段を降りていく。
ほぼ勘を頼りに廊下をさ迷っていると、半開きの扉があって、ぼんやりとしか聞こえなかった声が鮮明に耳に届いてきた。
「帰ってくるの大分遅かったけど何してたんだ?」
思わず息を飲む。そこに居たのはゾンビ。まだこちらには気付いていない様だ。
――逃げねぇと!
しかし、恐怖に煽られ扉の前で足を止めてしまう。
「いや、遊んでたんじゃないですよ? なんか妙にガキとおばさんに絡まれる事が多くてですね……」
「まぁ、一見ただの美少年だからな」
「何言ってるんですか、一見も二見も変わり無いでしょう」
「ほう、クレアとは一切進展が無いように見えるが……」
「ぐっ」
「ガキとおばさんにはモテるのにな」
「……この野郎、時々煽ってくるわ人使いは荒いわ……最近調子乗ってますよね。一発ぶん殴った方がいいんでしょうか?」
「なんだ、雇用主に歯向かうのか?」
一触即発の空気の中、ゾンビの膝の上で眠っていた少女が目を覚ますと、オレの姿をその目に写した。
「あれれ、これ不味いんじゃないです? タケモト」
*
テーブルにつく少女に軽い違和感を覚えた。マトモなのだ。ゾンビを恐れている様だし窓から侵入して来たなんて事もない。
当然、正体を見られた以上そっちの方が厄介な訳だが。
迂闊だった。勝手に動き回られるなんて考えもしなかったし、この屋敷に多くの秘密があると言うのに、それを一切隠さなかった。不老不死になって危機意識が低下しているのだろうか。
ともあれ、現在広間にはレティシアと少女が向かい合ってい座っている。俺とクレイグは退出している。
少女をこのまま帰す訳にはいかない。口止めと事情聴取をしなくてはならないのだ。そのための話し合いのテーブルにゾンビが居ては、会話どころではない。また、常識を知らないクレイグは話し合いに向いていない。と言うことでレティシアに任せている。
「えっと、まずは私の事を話しますね」
恐怖に圧されて動けない少女に対し自己紹介。悪くない手だ。得たいの知れない者相手に話すのが如何に恐ろしい事か。
恐怖を緩和するのにも、自然に相手の情報を引き出す事にもなり得る。
「私はレティシア。ただの村娘なんだけど身寄りを無くして、ここで居候させてもらってます」
「……ッ。ただの村娘が、ゾンビがいる屋敷に住んでいるのか?」
「うん。あと、ゾンビじゃなくてタケモトです」
「タケモト? あのゾンビには名前があるのか」
「はい。タケモトはこの屋敷の主です。あなたを助けたのも治癒したのもタケモト。大丈夫ですよ、怖い人じゃないですから」
「そう、か……」
少女は考え込むようにして黙ってしまった。これは、とてつもない進歩だ。彼女にはもう、追い込まれたかの様な緊迫感が無くなっていた。
「……っ」
ただ、代わりに、彷彿するように、もっと別の――ゾンビへの恐怖とはまた違う負の感情が少女を苛んでいるようで。
「……安心して下さい。もう怖い物なんてありませんよ」
そう言ってレティシアはゆっくりと歩みより。その手に触れた。少女がレティシアを見上げる。唐突の事に驚いているのか、全然抵抗を見せない。
「あなたに何があったのか、聞かせてくれませんか」
慈愛に満ちた目で少女を腕の中に包み込む。そのままいくらか時間が経過した。触れ合えば人の暖かさを感じる。それは不安を和らげるのには効果覿面で。いつからか、少女の頬を涙が伝った。
「オレ……何の為に」
そう嘆く声は悔しそうで。
「くそ、くそ……っ、なんで死んじまうんだよ」
レティシアは失意と悔恨に沈む少女の頭を、優しく撫で続けた。
*
「オレはフィオナだ。さっきの事は忘れろ」
泣き止んで早々、まだ涙の名残がある顔でふてぶてししく言った。レティシアが頷いて応えると。
「それで、オレの事を聞きたいって言ってたけど……何故だ?」
「えっと。タケモトの事が知られれば、大変なことになっちゃうでしょう?」
「かもしれねえが……」
「それに、タケモトがどうにかしてくれるかもですし」
「はぁ? なんだ、タケモトって奴は人助けなんて……ああ、そうだったな」
と、納得したのは既にリザードマンから助けられているからだろう。
「でも、もう手遅れだ。オレが助けたいって思ってた奴らは死んじまったからな」
絞り出すようにフィオナは言う。
――そうか、もう手遅れだったか。
壁際に話を聞いていた俺は、ほんのり胸が締め付けられた。
「まぁ、話すまでここを出られなさそうだし、何があったか教えてやるよ。……そこで盗み聞きしてる奴も一緒にな」
そう看破することで、フィオナは三階層で冒険する者の貫禄を見せ付けた。
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