真相

「――今、なんて言ったんだ?」

 

 クレアは震える声で、前言撤回を望むような口調でそういった。


「根拠は薄いし、推測と推測の上に成り立つ結論だが、間違ってはいないはずだ」


「なにを言っている? なぜレティシアが山賊に捕らわれている、なんで結論になる?」


「あくまで想定だ。それも最悪の。他にも幾つか可能性はあるが、それ以外の可能性なら取り返しがつくだろう。とにかく、行くぞ」


「まて、根拠を――」


「後回しだ。妹を見付けてからじゃないと、絶対にこの話に信じて貰え無い」


「嘘じゃないんだな?」


「確証は無いが確信してる」


 クレアは勢いよく席を立つと、呼び止める前に走り去ってしまった。なんて速さだよ。 


 俺は自室にあるローブを着てフードを深く被ると、のっぺりとした無地の仮面を着けて家を出た。


「ああ、くそ。山賊の拠点なんてわかんねえよ」


 クレアの姿は既に見えない。自力で行くしかない。あの女、まさか俺が一緒にいくつもりだなんて思ってもいないのだろうか。俺だって、妹を助けてやりたいのに。


 案内人のあてが外れてしまったため、道すがら聞いて行くしかなくなった。

 

「村を横断するのは良くないな」


 村を避けて森を分け入った。

 狼狩り以来来なかった場所だが、その時の感覚は今でも覚えていて道は何となく分かった。





 日が傾いてきた頃。

 北の道を進んでいた俺は、集落を見付けた。集落と言っても数十人しか人は見当たらず、家と呼べる家は無かった。おそらくこれが、無国籍者の集まりというやつだ。


 戦乱まっ最中な世の中だ。こう言う人は絶えないのだ。どこか寂しい畑で仕事をする老人を捕まえて、話を聞いた。


「山賊の居場所を知らないか?」


「そんなこと知って、どうするんだ?」


 怪訝な表情を見せる老人だが、ポケットから出した銀貨を見て態度を変えた。


「あっちだ。あっちの方だ」


 老人が指差すのは小高い丘だ。

 あの向こうに山賊の住処があるのだろう。どうせ女の金だと、勿体ぶらずに銀貨を渡す。


 少し足を速めて進んだが、丘を登りきった頃には日は暮れていた。明かりを孕む古城とそれに連なる小屋が丘の麓にあった。丘の上からでも聞こえる程、麓は騒がしかった。もう時間は無いみたいだ。


 反対側の斜面は少し険しく、安全第一に歩いていたら間に合いそうに無かった。覚悟を決めると、俺は聳える岩石を足場にしてピョンピョンと丘を下っていく。


「いってぇ」


 何度か足を挫くも、不老不死のこの体はたちどころに傷を癒してしまう。最後に大きくジャンプして斜面を抜けると、今度は走り出した。ローブが邪魔で腕は振れないが、それでもこの体は身体能力のリミッターが外れているため、速く走れた。


 何分走ったか。古城の門に突入した俺は咄嗟に目を疑った。数十人の男共がそこら中を転がっていたのだ。


「クレアがやったのか……?」


 死んでいる山賊もいて地面は血に染まっていた。よく見ると、山賊の誰が出血したのでもない血が、点々とあった。


「間に合うか?」


 再び駆け出して、古城の本棟に侵入する。床の血を辿って、吹き抜けの螺旋階段を昇っていく。装飾の無い古城を死体と盗賊と血が、飾り付けとなって、がらんとした内装を彩っていた。


 生きている人間をやっと見付けたのは最上階だった。いくつかの死体と共に、クレアと一人の少女を掴んで死に絶える男がいた。


 パッとみた所、男が少女を人質に取り、しかし、無様にもクレアに惨殺された後のようだ。だが、少女もまた息絶えていて。


「おい、クレア?」


「大丈夫だ。この子はレティシアじゃない。こいつら、別の女と勘違いして人質に取っていたみたいだ」


「……そうか。なぁ、クレア、少し落ち着け。人質だった女の子この子がどうだとか責めるつもりは無いが、もっと被害を減らせる方法があっただろう」


「私は今、余裕がない。分かってくれ」


 クレアも何か堪えるものがあったのか、苦い表情を見せて螺旋階段を引き返して行った。残された少女の亡骸を見て、損傷的に俺の生命力を委譲したとして、生き返ることは無さそうだった。

 

「悪いな、後で必ず墓を作ってやる」 


 そう残すと、俺はクレアを追った。

 火葬でいいだろうか。異世界の宗教に従うべきか。あとでクレアにでも聞こう。そう思った矢先、発見した。


 三階の奥の部屋の前にクレアは居た。いや、奥の部屋の前に呆然と立ち尽くしていた。


 廃棄するのも面倒だったのか、部屋の隅に置かれていたそれは、彼女にとって最愛の妹の残骸だった。


「ああ……、あああぁ、……ぅ」


 近寄りがたい死臭、生理的嫌悪を呼び起こす肥大化したウジ虫。しかしクレアは気にも留めずにその死体を抱き抱えた。溢れる涙のせいで瞳からはレティシアの醜い姿が見えないし、鼻水のせいで死体の悪臭も感じなかったのだ。


 そんな中、同伴者であるゾンビ、もとい俺は本来の目的を果たさんと廊下に立ち止まって、剣を抜いていた。それは迎撃体制。遅れてやって来た山賊を迎え撃つのだ。


 妹の命が手遅れなのは承知していた。だからこそ、俺は悲劇の再開を果たした姉妹に、水を差す奴等を止めに来たのだ。


 次々に山賊は現れるが、不老不死のゾンビが遅れをとる訳がない。それでも余裕は無かったため手加減は出来なかった。何人か殺してしまうかもしれないが、少なからず怒りを覚えていた俺は、あまり罪の意識を感じなかった。


 ついぞ、奥の部屋へ侵入できた山賊は一人としていなかった。





 シンと静まりかえった部屋。

 クレアは未だ妹を抱き抱え、悔しそうに唇を噛み締めていた。


「なぜだ……?」


「――」


「なぜ……! レティシアはここにいる?」


 酷い顔をしたクレアは震える唇を震わせ問うた。やり場の無い怒りの発散する場所を求めて。


「……順番に、行こうか」


 話は長くなる。俺は部屋にある適当な椅子に腰かけて口を開いた。


「……まず、都市が不景気に陥ると少なからず失業者が現れる。まぁ、それでもうまくやる奴はいるだろう。でも、失敗した奴等は? 特に、不景気にかなりの煽りを受ける、この辺り辺境ではどうするだろうな」


「……は? そんな事、関係ないだろ」


「次に、一年前の大雨を覚えているか? 一週間大雨が降り続き、川は反乱、被害を受ける農家が続出した」


「だから、それは山賊や村の事情だろう?」


「そう。山賊の事情だ。さぞ彼らは大変だっただろうな」


 クレアがこちらを睨み付ける。

 構わずに俺は続けた。


「そして、一年間の自由を得た俺であったが、山賊については何一つ知らなかった。なにせ、彼らはこの一年、一度たりとも襲っては来なかったからな」


「……!」


「何故だろうな?」


 一息つくと、「少し話は遡るが」と前置きして。


「村人の証言が食い違っていたよな」


 ずっと疑問だった。

 

 何も見なかったという村人。

 今朝の内に姿を眩ましたという妹。

 そして、朝まで村を出入りする人間を見なかったという俺。


「この矛盾を解決するには、妹が自発的に行動を起こした。という結論の他に、もう一つ考えられる筋がある」


 クレアが気づけなかった可能性だ。ここを紐解いてあげれば、彼女は連鎖的に答えを導き出せるだろう。


「証言が嘘だったのさ」


 そう、嘘だ。証言には作り話が潜んでいた。

 誰が嘘を吐いたか?

 勿論俺ではない。


 寧ろ、俺以外の全てだ。


「……は?」


「本来、有り得ない事だが、そう考えてみると、不思議と答えに行き着けた」


 事件の真相は証言者の言があってこそ導き出せるものだが、寧ろそれが否定される事で真相は浮き彫りになった。まぁ、嘘であるという事こそ最大の証言となったのだが。


「何故村人は嘘をつく? 何か後ろめたい事でもあるのか?」


 この筋を辿れば、当然そんな疑問が出てくる。

 もし、その後ろめたさが山賊の話と関係があるのなら。


「何故山賊は襲ってこなかった?」


「ぃや、いや。そんな、バカな」

 

「この村の北側。そこには自然と追い詰められた人々が集まる。この時代、そんな奴等はどんどん沸いてくるよな? だからこそ、国も、北から来る賊を根絶するのは不可能だった」


「――」


「軍が対処しても、また現れる。冒険者が対処しても、また現れる。だったら、無理に対処しようとはせず――」


「――そんなわけ無いだろう! 父さん母さんが、そんなことッ」


「いつ殺されるか分からないってのは、相当な重圧だ。それなら、女を引き渡すから見逃してくれ、と頼んだ方がずっと楽だと思うぞ。愚かだがな」


「いや、嘘だろ?」


 クレアのすがるような視線を受け、それでも無慈悲に真相を告げる。


「お前の妹は今朝ではなく、昨晩でもなく、に山賊に受け渡されていたんだよ」


 未だ受け入れられないのか、クレアは黙り込んでしまう。

 その姿が見ていられなくて。だが、俺には慰めになる事なんて言えない。だから、もう一つの答を提供してあげた。


「……これもまた、俺の勝手な想像なんだが、普通、まだ若い娘を単身で上京させる親なんているか?」


「父さん母さんが私を愛していないとでもッ?」


「逆だろ。若い内に他所に行ったお前は知らないかもしれないが、村には絶対の掟というのがあると聞いた。中身は詳しく知らないが、もしその中に……」


「山賊に娘を譲り渡す、なんてのがあるのか?」


「……かもしれないってだけだよ。もしそうだとしたら、お前は運よくその義務から逃げおおせたという事だ」


 全て俺の勘違い。なんて事もあるかもしれないが、これが俺が導きだした答の全てだった。辺境にある一般的な村だと思っていたそれが、実は真っ黒で恐ろしい村だった。そのせいで、クレア姉妹はこのようなバッドエンドを迎える羽目になり。


 もし、ゾンビも魔法も夢も無い世界だったら、そうなっていただろう。


「クレアに責任を押し付けるようで悪いが、お前に判断を委ねようと思う――」


 死者を蘇らせるなんて都合のいい魔法は無い。だが、癪だがあの女がしたようになら俺にも出来る。


「もし妹の魂を弄ぶ事になったとしても、どうしても会いたいと言うのなら叶えてやる」


「――! 魂を売り渡せと?」


「いや、俺は悪魔じゃないぞ。そんな対価を要求したりは――」


 視線を落とすと、クレアは頭を下げていた。妹の亡骸を大事そうに抱きながら、それはもう綺麗に。


 彼女が一体どんな顔をしているかは分からない。が、キラキラと滴る光があって。俺は静かにそれに応える。


「……分かった」


 既に息絶えるレティシアの手を取って、禁忌の魔法を行使した。


 魔女にも真似できなかった魔法だ。いや、やろうとしなかった魔法だ。


 この魔法を行使する間、こんな感覚を味わう。

 真っ暗な闇の世界にある一陣の風をひたすら追って、目的の物を探し当てる様な感覚だ。


 俺はそれに、こんな解釈をしていた。

 レティシアの死体に残る魂の残子をたどり、遥か遠くに手を伸ばす。やがて冥界の門にたどり着くと、それは歓迎するように開かれた。そこに手を突っ込むと、物凄い勢いで生命力が減っていった。門の中には無数の光。目的の光を探して闇の中をフラフラとさ迷い、そして発見した。


 次の行程だ。

 この死体に魂を返してもゾンビ化が関の山だ。受け皿を作り替える必要がある。だがレティシアの肉体でないと魂が器に馴染めない。だから、彼女の体を魔力に置き換えて、俺がそれを弄くり形を整えればいい。


 何も、レティシアという存在を一から作っているのではない。言うなれば、実物を目の前にして手書きで模写する様なものだ。


 死霊術は難しくて苦手だが、その中でもこの魔法は錬金術に似ているからやり易かった。とはいっても、知識として持ってはいるが、実際に使うのは初めてだ。成功率は五分五分。何よりレティシアが強く拒絶すれば冥界の門は閉ざされてしまう。


 彼女が受け入れるか否かで、一が零にも零が一にもなる。


「さぁ、どうだ?」





 胸の中で眠る少女の姿が、淡い輝きを放っている。それはまるで光に浄化かれているかのようで。妹の肉体が修正されているのが分かった。


 果たして、これは魔法なのだろうか。だとしたらどれだけ綿密に魔力を組んでいるのか。本当に、人ならざる存在がこんな奇跡みたいな事を起こしているのだろうか。


 ただ、今はそんなことどうでも良かった。レティシアに謝りたい。生きているレティシアを抱きしめてやりたい。願うのも想うのも、それだけだった。 


 ずっと遠くに妹を感じていた。

 心臓の音が聞こえて。徐々に温もりが生まれて。寝息が首をくすぐった。すぐ側に命があった。


 ゆっくりと、レティシアの目が開かれた。

 

 最愛の妹のどこか寝惚けた顔を見て、再び涙が溢れ出した。

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