エピローグ

 パラリパラリと紙の捲られる音、優しい風が吹き抜ける広間にて。屋敷は今日も平和だ。ふと、窓を透過して差し込む眩しい朝日を見て、目を細める。


「もう朝か」


 なかなか濃い一日だったと昨日の事を思い起こした。


 レティシアの降霊術は無事に成功し、器もうまく機能した。魔法によって作られた体とそれに縛りつけられた魂――彼女はレブナントとなった。言葉にするとゾンビと殆ど変わらないが、魔力で構成された体は腐った死体よりずっと綺麗だった。


 自分自身に降霊術を使えるならあんな体を作りたいものだ。


 闇夜の中、古城にいた俺達はその後村へ帰路に着いた。レティシアを村人に見せる訳にもいかず、姉妹はこの屋敷へ戻った。クレア姉妹は二階の寝室で寝ている。レブナントに睡眠は必要ないのだが、クレアが我が儘を言った結果だ。相当レティシアを失ったのが怖かったのだろう。ずっと妹を抱きながら熟睡していた。


 広間の入り口に人の気配があった。

 クレアだ。いつの間に起きたのだろう。

 

「お前、夜中の間ずっと読んでいたのか?」


「……みたいだな」


 流石に血まみれの服を着せたまま家に上げる訳にもいかず、クレアには俺の作った無地のローブを着せている。錬金術とは本当に難しい。布と布をくっ付けるのでも精一杯なため、装飾なんて出来るわけもなく、さらに短時間で即行したため少し不恰好になってしまった。それでクレアには我慢してもらっている。もっとも、彼女は全然気にしていないようだが。


「レティシアはどうした?」


「む? 先に下に下りているのかと思っていたが……」


 レティシアはゾンビというよりはゴーストみたいで、壁を通り抜ける事が出来た。勿論、魔力の組み方を変えて質量を持つことも可能で、自分の作品ながら、変なモノを造ってしまった。


「あ、まさか……」


 魔力を地面の奥深くに突っ込んでいく。出力が限界に達しようとしたとき、それを感じ取った。それを掴んで、地面の奥底から思い切り引っ張り出してやる。

 

「ほぁっ! 死ぬかと思ったっ……」


 息を荒くして顔を真っ青にする少女――レティシアが地面から生えてきた。


「透過するときは気を付けろ。もし星の中心まで落っこちちまったら流石に助けられないぞ?」


「こ、怖がらせないでほしいです!」


 正真正銘の事実を告げただけなのだが。


 レティシアはゴーストみたいな体をしているのだが、空を浮く事は出来ない。今のは実はかなり危機的状況だったのだが、クレアは知るよしもなく、あっけらかんと口火を切った。


「なぁ、そう言えばお前、名前はあるのか?」


「あるよ。俺は元う。……傑 元氏、か?」


「変な名前だな」


 クレアが俺と俺の両親にかなり失礼な事を言った。何か反論しようとしたが、レティシアが賛同するように頷いて姉に続いたため、先伸ばしになる。


「うーん、ゾンビだからですかね。……タケ、モト? であってます?」


「誰だよそれ」


 俺の名前は英語圏に合わせ何文字か省くと、全くの別人になる様だった。かろうじて苦しい突っ込みを入れるも、


「タケモト、か。改めて礼を言おう」


 と、既にタケモトとして俺という存在がクレアに刻まれてしまっており。まぁ、あだ名という事でいいか、と諦めてしまう俺がいた。確かに、元氏 傑って発音しずらいのだ。俺としても元氏 傑は死んでおり、今ここに居るのはゾンビなのだ、という意味では改名するのもアリだ。


「それじゃあ、冒険者は忙しいのでな、もう行かなければならない。レティシアを頼むぞ」


「え、もういくのか? そして、タケモトはレティシアを頼まれるのか?」


「ああ、私が面倒を見れればいいのだが、今は一人でも生きるのに精一杯なんだ。……このことは、もうレティシアには言ってある」


 レティシアを見ると、コクリと頷き返してきた。


「まぁ、いいか……」


「それじゃあな。適当に遊びに来るから。レティシアに何かあったら許さないからな」


 勝手なことを散々言い残し、彼女は窓から去っていった。彼女に玄関という文化は無いのだろうか。


 ともあれ、この日また一人、屋敷にアンデッドの住人が増えた。

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