証言

「事情は分かった」


 屋敷の一室。グランドピアノが置かれる広間に、テーブルを挟んで俺と不法侵入してきた女は向かい合っていた。話をして失踪事件の一部を把握した。分かったのは二つだけ。

 

 事件の渦中にいる少女の姉――目の前にいる女の名がクレアであること。そして、妹の名がレティシアであることだ。


「で、心当たりはあるのか?」


 名前を知っただけで妹の居場所を見付けろと?


「お前……この状況でよく冗談をかませる物だな」


「ふざけている訳が無いだろう!」


 クレアにそのつもりがなくとも、この局面はふざけている。人一人が居なくなっているのに、証言が何一つ取れないという現状。諦めるには早いが、屋敷を出れない俺にとってはかなり難題だ。


「さてと、どうするかな……」


「なんだ、何も分からないなら私は行くぞ」


 そう言って女は席を立った。慌てて引き留める為の言葉を選ぶ。


「また村中駆け回るのか? それでは見付からないと断言するぞ」


「――! ならどうしろと!」


「いい忘れていたが、俺もレティシアを探す。お前が単独で、無駄に時間を浪費してでも探したいのならそうすればいいが、妹を思うのなら、俺と協力して確実に見付け出した方がいいと思うぞ」


 クレアの目が驚きに見開くが、直ぐに平静を取り戻すと呆れた様に応えた。


「私がゾンビを信用するとでも?」


「信用する必要はない。でも、もし協力しなかった場合、こっちが先に妹を見付け出したら、処分は俺が勝手にする」


「――」


「時間、無いんだろ? 一刻も早く妹を救いたいんだろ? だったら座れ。そして茶を淹れてやるから落ち着け」


 その後、悶々とクレアは葛藤を繰り返すが、結局、妥協して椅子に腰を下ろした。ゾンビと会話するのを受け入れ、さらには協力するなどなかなか度胸のある女だ。単に選択肢がこれしか無い、というのもあるだろうが流石冒険者である。


 喉が乾いていたのか、俺が淹れた熱々の茶を一気に飲み干すと、更に情報を捻り出すべく質疑応答を行った。


「単純に、妹は迷子なのではないか?」


 と、俺。


「いや、レティシアはもう村娘としての常識を持ってる。その線は除外していい」


「なら、妹は自発的ではなく、何かの干渉を受けて居なくなった。と考えていいんだな?」


「ああ」


 もし、単なる迷子であれば、今日中どころかもう事件の結末は見えていた。時既に遅し、狼か熊に殺されてバッドエンドだった。後に冒険者による捜索隊によって死体が見付けられただろう。


 そうでないのなら、厄介な話になる。


「確か、村は地理的な面と魔防壁によって魔物の侵入を防いでいるんだよな? そこに異変は?」


「お前が侵入出来ている、という点以外は問題ない。今朝確認した」


 仕事が早くて結構。


「じゃあもう、ここからは推測で補って行くしかない」


「何故だ?」


「あり得ないからだよ。隠れんぼ以外で、村の中の少女が突然消えたなんてのは」


「だから、何故断言出来る」


 女は眉間をにシワを寄せ、あまり良くない方向へ行こうとする俺の推理に疑問を吹っ掛けた。


 では、俺がこの事件においての第一の証言者となってやろう。


「森に入らずに村から出入りするには、この屋敷の前を通らなければならないよな? だが、俺は昨晩からずっと庭で草むしりをしていたが、その間、人の気配は一切無かった」


「……え?」


「この話。根本からおかしいぞ」





 根本的な見直し。この事件の話をするに際して不変されていた事を、疑う必要がある。まず最初に確認すべきなのは、


「……この村を出るための道は他にあるか?」


「一応、在るにはあるのだが危険な道だ。その道を通るのは不自然だ」


「不自然?」


「その道は小さいし、この村は度々山賊の被害に遭っているのだが、彼らの本拠地が北側――もとい、その道の向こうにあるんだ」


 初めて知った。この屋敷は村の中心から見て南東に位置するのだが、反対側に道があったのか。俺が知らないのも無理はない。なにせ、


「ここより北側には国なんて無いだろ。本当に人がいるのか?」


 女は苦々しく頷いた。山賊のことを思い出しているのかもしれない。さっき俺が言ったように、この村は北東の国境線付近にあり、そこより北は無国籍地帯なのだ。まさか、そこに山賊が住み着いていたとは。


 村人の証言が無いのだから、妹は自発的に隠れるようにして村を出たのだろう。ならば、わざわざ北の道を選ぶなんて事は無い筈だ。


「一応聞いておくが、さっき出た山賊ってのは何なんだ?」


「飢餓だったりが続くと北からやって来て、この辺りの村村から食料を略奪していくんだ。奴等に余裕があれば襲ってはこないのだが、作物の出来が悪いと、酷い時は半年に一度くらいの頻度で村にくることもあった」


「そんなんで村は平気なのか?」


「平気ではない。だが、多くは殺しはしないから、村が壊滅する事もない。うまい事をする連中だ」


 この一年、俺は自由を得たため、村の情報はきっちり確認出来ている。その期間、山賊が村に来たことは無かった。だから、今回の件とは無縁だろう。


「それじゃあ、朝に居なくなったというのは、お前の親の勘違いで、実は夜の、それも深夜になる前にはどこかへ行ってしまったというのは?」


「……父さんも母さんも寝るのは早いし、まあ有り得ないとは言い切れないな」


「――」


「だが、レティシアが自分から村を出るなんてのは可笑しいだろ」


「そうか?」


 動機なんて色々考えられる。実は家庭内で虐待を受けていたとか。姉みたいに都会に夢を抱いていたとか。


「私の家族に限って虐待なんて有り得ないし、夢を追いかけて妹が無茶をするなんて事も無い筈だ。家族は私が上京するとき何も言わなかったからな」


 腕を組んで悩んでいると、クレアもまたそんな俺を不思議そうな表情で見ており。


「なんでお前は妹が自ら出ていったという線ばかり考えるんだ?」


 辻褄が合わないからだ。自発的でないなら、どうして痕跡が見当たらない? 痕跡の一切を消せるほどの何者かが妹を狙ったのだとして、どうして一般的な村娘に過ぎない彼女だけを? 


「こんなのはどうだ? 妹はまだ村にいて、誰にも見付からない所に隠れている。あるいは匿われている。動機は、村人、または自分の姉が気を引くため」


「そんな性格ではないけど、あり得なくは無いな。しかし、気を引くためならもう十分ではないか?」


 ごもっともと言うかなんと言うか。


「お前の家族は何か恨みを買う様な事をしているか?」


「ほぼ絶対に無い。村の皆とは仲良くやっている」


 なんだ「ほぼ絶対」て。

 ほとんど百パーセントという意味だろうか。


「私が誰かに恨まれていたとしても、家族の情報は向こうで流したりしていない。飛び火はないようにしてる」


 冒険者なのだし当然のことではあるが、何気によく考えているみたいだ。そんな女が後先考えず屋敷に潜入するなんて――相当妹が大切なんだろう。


「分かった。それじゃあ、最後にいくつか質問がある」


「最後だと?」


 どうやらクレアは「最後にいくつか」という意味不明な言い回しを気にしないタイプの人間らしい。


「お前が帰郷したのはいつぶりだ?」


「一年、二年ぶりになるな」


「都市での景気はどうだ?」


 何故そんなことを、とでも言いたげな顔をするが、俺が急かすように目を細めると、


「あんまり良くない、いや、寧ろ悪いよ」


 クレアは賢い女だと思う。何せ身一つ都会で生活できるほどの行動力と判断力を持っている。本来、俺がいなくとも答に辿り着けたのでは無いだろうか。


 彼女の大きな見落としからは、家族への信頼が伝わってきた。

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