忘れ物


 本当は助けを呼びたくは無かったのだが、命には代えられない。最後の切り札を切って、オレはなんとか死を免れた。このゾンビと合間見えた相手があっさりと殺されるのは何度か見ているが、塵も残らず消し飛んだのは初めてのケースだ。


「大丈夫か?」


 出血のせいか朦朧としつつある意識だが、タケモトに手を取られた事は理解した。すると、少しだけ傷から痛みが引き、意識も段々と回復していく。


「悪いな、お前はなんちゃら教団も相手にしねえとなのに」


 屋敷で居候している間に聞かされたのだが、タケモトは世界を揺るがすような"とある事件"が起こるのを避けるために、今でも、何かデカイ事を企んでいる。セルニーの人々を助けながら。


 さぞ忙しいだろうに、空間魔法を使わせてまで、こうして助けられてしまった。相手が気の知れた相手だからか、罪悪感は少ないが、単純に喜ぶ事は出来ない。


「いや、いい判断だ。ただ、もう少し早くても良かっただろ。お前が死んだら泣く奴もいるんだぞ」


「ははっ、こんな所で死ねるかよ」


 タケモトに手を引かれ立ち上がる。


 つい笑ってしまったのは彼がゾンビだからだ。

 いや、ゾンビなのにセルニー中を駆け回って、見返りもないのに人助けをして、面倒事に巻き込まれるだけなのに。そんなどうしようもない矛盾が可笑しかったのだ。


 ふと、タケモトの遠く後ろからヒトシが駆けてくるのを視界に捉えた。


「もう助けは要らないか?」


「おう。あ、そうだ。レティには来週頃にでも顔を出すと伝えといてくれ」


 物凄いスピードで魔法が組まれ、やがて、オレでは到底理解出来ない空間魔法と言う代物が産み出される。


 姿が消えようとするその瞬間、タケモトが慌てて魔法を掻き消した。どうしたのだと尋ねると、逆に質問が返ってきた。


「そいつは誰だ?」


 タケモトの視線の先には、ゼエゼエと息をするどこか情けない青年が立っていた。






「俺、ですか?」


 上ずった声になってしまった。


 俺は、状況と経験した出来事の無理解に、感情がごちゃごちゃになっていた。ただ、台頭する二つの感情がある。はっきり言って、俺はビビっていた。恐怖と言う程では無いが、怪物を容易く消し炭にしてしまう人間が正面にいると言うのは、やはり恐ろしかった。


「悪い奴、では無いから大丈夫だぜ」


 自警団の副団長が言うのだから間違いは無いのだろうが、そう言う問題では無い気がする。ともあれ、第三者フィオナが居てくれる事は心強く、なんとか平静を保てた。


「冒険者の駄馬 一志です」


「……なるほど」


「えと、どこかで会いましたっけ?」


 どこか意味深な、合点がいったとでも言うかの様な口調に違和感を覚え、身に覚えはないが聞いてみた。


「いや、それは無いのだが……」


 ならばその態度は何なんだと聞きたいが、


「急にすまないな。それじゃあ、もう戻るとするよ」


 唐突に、一方的に覆面の男が去ると宣言し、刹那的に俺の思考は回った。


 ――彼は強い。

 それは言われずとも理解した事だ。


 彼は誰もが手も足も出ないであろう化け物を、片手間で消し飛ばす、いわば超人。剣聖や征服者、勇者などの偉人と、肩を並べるであろう英雄だ。

 

 俺はそいつを目の前にして、二つの感情が芽生えた。

 一つは恐れ。

 もう一つは、大分昔に忘れ去った気持ちだった。俺は綺麗な物から目を背け過ぎた。だが、見せ付けられてしまった。目に焼けついて離れない、奇跡に近い光景。


 今は、その一つの感情が強く心の中で強く主張してくる。

 

 ――憧れ。

 羨ましいとか、妬ましいとかではなく、子供みたいに純粋に想った。怪物を倒すヒーローみたいな姿を見て、頬をぶん殴られるかの様な衝撃があった。


 人はこう在れるのだと。


「待って下さいッ!」


「――」


「どうしたら、いいですかッ」


 我ながら意味の分からない質問。

 おそらく困惑したであろう覆面は、間をおいて口を開いた。


「……お前はどうしたい?」


 問われたのは、ある老人に対して答えられなかった、俺の夢。


 もしそれを口にするのなら、その夢を語った責任を負わなければならない。でないと、自分の心が許してくれない。願望を口にするのは、自らに重りを課すような物だ。


「俺は――」







 勢いよく玄関の扉を開くと、もう見慣れてしまった老人と彼の住まう部屋が目に入った。暖炉はパチパチと柔らかい光を放ち、外気で冷えた俺を暖めてくれる。


 今日はその老人に世話になる最後の日。


「おじいさん、少しだけ聞いてもらってもいいですか?」


 俺の語る未来の物語に、おじいさんは目を輝かせた。

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