自警団副団長
惰性の日々を送っていた。
そんなある日、俺は異世界召喚なるもの体験した。
あまりに唐突な出来事だった。前触れなんてものはない。あっとも言えない間だった。
突然テレビの画面が切り替わるがごとく一変した景色の中、最初に見たのは落胆を露わにする人間の集団だった。彼ら曰く、異世界より下部を、戦力を呼び寄せようと"召喚魔法"という大魔法を行使したそうだ。しかし、座標がズレたせいで俺が召喚されてしまった。本来なら魔族に対抗出来る強力な戦士を呼び出す筈だったと説明された。
ふざけるなと抗議しようとしたが、話を聞けば彼らは王国の魔術師。対して俺は非力で権利も認められていない異邦人。彼らの意向に黙って従うしかなかった。
――邪魔だから出ていけ
単純且つ無慈悲に告げられた。
そうして俺は、多少の金を握らされ不条理にも異世界へと放り込まれた。
そこから成り上がり――なんてことはこの世界がさせてくれなかった。俺はこの世界の住人ではなく先天的魔法が使えない。あまりにも致命的だった。王都で必死に職を探したが、いい条件の物がある筈がなく、生活は苦しかった。
風の噂でセルニーを知った時、すぐに飛びついた。金がなかったため、キャラバンの馬車に無断で、隠れ潜むようにして乗り込み、なんとか行くことができた。セルニーでは経済的な余裕ができたが、今度は周囲の環境が悪くなった。とある事件を切っ掛けに、冒険者の中で浮いてしまったのだ。
結果、今のように一人で冒険をする羽目になり、ギリギリで生活を保っている。
え? とある事件が何だって?
別に、とんでもない事件があった訳じゃない。セルニーで事件なんて単語を使うのは、多数の人命が危機に瀕した時くらいだ。だから、俺の身にあった事件なんてショボい事この上ない。
本題は事件では無かったと言うことだ。元々、先天的魔法も使えない上、顔もよくない俺はどこか軽んじられ忌避されていた。特に、先天的魔法が無いのは、この世界では有り得ない事だと言うではないか。
俺は人間じゃあ無いって事だ。
*
「……ふむ。つまらん話じゃのう」
日もとっくに暮れ、食事も終えた就寝前の一時、二人は暖炉の前で約束の冒険話をしていた。終えると、おじいさんは退屈そうに言った。
「いや、そうかもしれませんが、酷くないですか?」
それに、面白い要素も有ったと思う。
――異世界なんて初めて聞いただろうし……
「儂は冒険の話を聞きたかった」
「……そんなものありませんよ」
元の世界と、この世界。
何もかも違うが、俺がしていることは何一つ変わらない。
「それなら、夢を語ってもらおうかの」
「夢……」
あった。
異世界に来て直ぐの頃、沢山の夢を持っていた。現代の知識を使って成り上がるとか。素敵な出会いをしてみるとか。言葉にするのも恥ずかしい事だって。
しかし、現実を前にすると俺の持っていた夢はあまりに矮小に見えた。
「お主は数奇な運命の真っ只中にいるようじゃが……そのままでは好転せん。ほれ、言ってみろ」
「……俺は」
「なんじゃ?」
「俺は、家が欲しいかな」
そんな風に誤魔化すと、おじいさんは落胆したように溜め息を吐く。話はここまでだった。夜も深くなり、俺は与えられた部屋のベッドで眠りについた。否、横たわったが、なかなか眠りには着けなかった。ベッドはフカフカだし、環境は自宅よりいいのに、だ。
――俺は、何してんだろうな……?
おじいさんに聞かれた事を考えては、適当に誤魔化して。何度もそれを繰り返した。
*
おじいさんの家にお世話になってから、何日かが経過した。俺はと言うと、依頼品を集め終わろうとしていた。多分、あの家に泊めてもらうのも今日が最後になる。
魔獣を警戒しながら山を探索する。
暫くすると、開けた場所に出た。適当に身を潜め、休憩する事にした。
――穏やかだ。
ふとそう思う。
が、まるで思ったことがフラグであったかの様に突如、平穏とは正反対の事態が発生した。
山の麓で黒煙が上がったのだ。
まさかと考えるが、方角は完全に一致する。
おじいさんが危険かもしれない、考えたその時、俺は走り出していた。異世界に来て数年、鍛えてはいるものの速いとは到底言えない足で、山を駆け降りる。
集落は無事だった。見知らぬ人がちらほら見えるが、何よりも先におじいさんの家へ飛び込み。
「無事ですかッ?」
「! なんじゃお主か。大丈夫じゃよ」
ほっと胸を撫で下ろす。
何が起きているのか尋ねると、
「儂もよく分かっておらん。向こうの方で何かあったようじゃが……」
指差されたのは、集落のすぐ側にある小さな山の向こう側。黒煙が上がっているのも、そこからの様で。
「ちょっと行ってきます!」
事件の臭いがした。
*
地獄のようなその景色を、俺は息を絶やして見下ろしていた。
異形の怪物。人間の形を型どっているようで、全く形を保てていない大きな黒い生物が、瘴気を撒き散らして蠢いていた。
それだけではない。怪物から逃げようと魔獣の動きが活発になっているようだった。このままでは確実に被害が出る。すぐ近くにある集落だけではない。下手をすればセルニーにまで。
さらにもう一つ気になる物を見た。山の断崖に埋め込まれる様にして立つ巨大な建物。と言うか、怪物が今そこにいて建物から出ようともがいているのだ。見たとかではなく、自然と。
なんにせよ、今はそれどころではない。
魔獣をどうにかしなければならない。しかし、数は多い。優先すべきは集落の人々の避難だ。踵を返し、事態を伝えようと再び足を動かす。
――いや、待て!
間に合わなくないか?
当然の疑念。
俺の足と
どうする?
戦うか?
集落へ向かうコントンの数は少なくとも十。不可能だ。
大声を上げて注意を引く?
彼らは今逃げているのだ。無意味だ。
「クソ――!」
そう嘆いた所で、やっと気付く。
危険が迫っていたのは、なにも集落の人間達だけではない。
一匹の
「ひぃっ」
腰を抜かして後退る――
逃げられる訳が無かった。諦めていた。心は、諦念より圧倒的に恐怖が大半を占めていたが、理性の方がもう諦めていた。殺意の目を向けられてから、俺は本能で死を悟っていた。敗北を理解していた。
全ての景色がスローモーションに見えた。
走馬灯だろうか。
熊の涎が滴り、零れた。
大きな体が、逃げようともしない被食者へゆっくりと寄ってきて。
「その腰に差してるモンは飾りかよ?」
耳元で女性の声がした。
ふと首を動かす。
淡い金髪の少女だった。大人と子供の間くらいの少女だ。
彼女は俺を抜いて前に出ると、勢いを殺さぬままにオウルベアを切り裂いた。
短剣で、意図も容易く。
それだけで十分だった。
オウルベアは逃げ出し、少女は追わなかった。
「君は――?」
おそらく制服であろう――白装束の背中に聞いた。
こんな場所に都合よく、タイミングよく人が助けに来てくれるとは思えない。何があったのかと。一体何者なのかと。
「セルニー自警団副団長、フィオナだぜ」
その少女は、悪戯っぽく笑って見せた。
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