異邦人
俺の朝は早い。出来れば人と顔を合わせたくないからだ。
既に人混みが出来つつある街路を行く。身に付けているのは、一部金属だが――革製の防具と、分不相応な高価な剣。
やがて、街の中でも一際背の高い建物を前にする。ササッと中へ入った。酒場と雑貨屋と受付を併設する建物だ。中は騒然としていて、物で溢れ返っていた。昔は夢にまで見た冒険者ギルドである。
迷いなく列の短い受付へと向かう。知り合いが少なく金もない俺は道草を食うことを知らない。
「こんにちは、ヒトシさん」
「どうも。いつものありますか?」
「ええ、ここにまとめてあります」
冒険者ギルドの受付に来たのだから、勿論依頼の話である。
受付嬢から手渡される依頼書の束はずっしりと重い。ありがたいことに、ここセルニーでは仕事が多い。俺みたいな格下の冒険者でも仕事は見付かる。
その束に含まれる依頼の殆どは、迷宮都市なのにも関わらずダンジョンのダの字もない物だ。冒険者の仕事は様々だ。当然ダンジョンの外、いわば都市の外にも仕事は必要だ。例えばダンジョンでは採掘されない貴重な資源。害獣の駆除だ。
束から危険度の低さを第一にいい報酬の物を選ぶ。
――満月草の採取ね
指定された量はそれなりたが、期限も一月。カジノで全財産スッた訳ではない。残りの貯金と冒険中に集めた食料で飢えを凌ごう。報酬も十分だ。冒険者ギルドから流された仕事は厳重な審査を受けており、ほぼ確実に報酬は支払われる。
俺はその依頼を受ける事にした。満月草の採取は何度か経験があるし問題は無い。
*
都市を出ると道をそって目的の山岳地帯までやってきた。セルニーから近からず遠からずと言った所だ。行商人の馬車に同席させてもらった。日が暮れる前に無事に辿り着くことが出来た。
一応、野営道具は持ってきているが、周囲に家屋が無いか探してみる。少し離れた場所に集落を見つけ、その内の一軒に勇気を振り絞り尋ねてみる事にした。ノックを数回。しゃがれた声が返ってくる。
「あ、あの、冒険者です。暫くの間、泊めてもらえないでしょうか! 寝床だけでいいので!」
中から出てきた住人の顔も碌に見ずに、頭を下げた。
「構わんよ」
目の前の老人はそう言うと俺を中に通した。こんな見ず知らずの人間を簡単に入れてしまっていいのだろうか。もしや相当自身の自衛能力に自信があるのだろうか。まさかとは思うが、このおじいさんも悪い魔法使いで、魔法を知らない俺はまた上手いこと実験体にでもされてしまうのでは無いか。などと荒唐無稽な妄想をしていると、それが面に出てしまったのか。
「ほほほ、何をビクビクしておる。儂は見ての通りただの老骨じゃぞ」
「え……、それじゃあなんで……」
「お主からは悪意がこれっぽちも感じられんからのう」
本当にそうなのだろうか。異世界に来てからと言うもの、酷い目にばかり遭っていたせいで信じられない。これはもう人間不信のレベルだ。
「それでは、お代をもらうとするかな」
聞いていない、と嘆こうとしたがむしろ対価を要求された方が安心出来てしまっている自分がいて。
「これまでの冒険話でも聞かせてくれんか?」
おじいさんは子供みたいに無邪気に言ったので、疑うのがアホらしくなった。ただの苦労話になってしまいますよ、と前置きすると語りだす。
それではまず、異世界をご存知だろうか。
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